今日は国際女性デー。去年もこの日にブログを書いたこと思い出し筆をとっています。
アメリカで1904年、女性労働者たちが参政権を求めて集会を開いた日にちなんで生まれたイベントデーです。
私も女性なので差別を受けたと感じる場面は子供の頃から現在まで頻繁に経験しています。
差別って、差別する人と差別される人以外には見えないので存在しないものとして見過ごされてしまう側面がありますよね。
女性差別のみならず人種差別、国籍差別、宗教差別、職業差別、学歴差別、外見差別など挙げたらキリがありません。
人は無自覚に他人を選別し、態度を変えています。自分も含めて人間がそういう生き物だということを自覚できている人は少ないのではないでしょうか?
今改めて、自分の中に選別の心とそれに伴う差別的行動が無いか考えることが、差別をなくすことへの第一歩かと思います。
女性としては賃金格差、教育機会格差、国会議員の男女比不平等、人生における自己決定権の格差などが是正されると良いなと思います。
特に地方ではいまだに男尊女卑の名残が強くありますが、男女共にその自覚のない人が殆どだと思います。
差別という意識がなく当たり前のこととして受け入れてしまう実情があります。
そして子供にもそれを教え込んでしまうので差別がなくなりません。
家庭単位の構造的な問題が社会全体を構成しているのです。
日本をはじめとする東アジアでは特に家父長制のしきたりが残っています。
最近は韓国ではフェミニズム運動が活発化して婚姻率出生率ともに急降下しています。
比べて欧州諸国ではジェンダーギャップの縮小にかなり成功しています。
アメリカでもかつてからあったme too運動にハリウッド女優達が火をつけたことが記憶に新しいですね。
中にはこういった女性運動に対して良くない印象を抱く方もいるかと思います。
それが何故なのか、何が気に食わないのかを自分の胸に聞いてみてよく考えて欲しいです。
そこに少しも女性蔑視が含まれていないか?と。
「女のくせに生意気な」「屁理屈捏ねて馬鹿騒ぎしやがって」「いちいち細かいことにうるさい」などという意見の根底には"女は馬鹿で愚かな生き物"、"大人しく子供だけ産んでればいいのに"という見下しが隠れているからなんですよ。
日本ではつい最近まで、女子の入学を少なくするために医学部の入試に不正があったことは忘れてはなりません。
痴漢や性犯罪の刑罰が軽いことも、児童性犯罪者の再犯率が高い現状も、女性の人権が低いから不幸が再生産されているのです。
この現状は決して見過ごされてはなりません。
と、固くなりましたが。
一人一人が相手を尊重し思いやるという基本的な道徳心があれば、世の中は今より良くなるでしょう。
そのためにはまず、他人事ではなく自分事として捉えることが必須です。
ぜひ一緒に考えてくださると大変喜ばしい限りです。
最後まで読んでくださってありがとうございます😊