ネットで思わず反応して記事を読んじゃう見出し。

 

 

貧困女子

孤独死

氷河期世代

正社員になれない派遣女子

老後貧困

 

 

 

なに、この悲壮なキーワードたち滝汗

 

 

でも読まずにいられない。

 

 

 

 

だって自分に当てはまりそうというか、

 

ものすご〜く近い感じがするから。

 

 

 

 

こういう見出しがつく記事の内容はだいたい似通ってる。

 

 

 

受験戦争をくぐり抜けて

 

なんとか有名大学に入っても

 

卒業する頃の就職前線は就職超氷河期。

 

 

 

のちに景気が回復して「売り手市場の就職前線」になっても

 

所詮日本は新卒絶対主義の社会。

 

 

 

新卒で正社員就職できなかった氷河期世代は

 

社会に出てからずっと派遣や契約社員といった非正規雇用を

 

数年ごとに渡り歩くことを余儀なくされてきた。

 

 

 

常に次の契約更新に怯えながら日々をやり過ごし

 

将来に透けて見えるのは老後貧困の末に

 

ボロアパートで孤独死する自分。

 

 

 

経済的にも精神的にも追い詰められて

 

鬱を発症したりして、さらに厳しい状況。

 

 

 

これ、ほんの少し何が噛み合わなかっただけで

 

自分もそこでもがく一人だっただろうと思えて

 

すごく身近な現実として感じられるのです、私には。

 

 

 

私は少しの運が転がり込んできたおかげで

 

そのあとの人生でだいぶ楽できた。

 

私と彼(女)らの間にある最も大きな違いなんて

 

きっと運でしかない。

 

 

 

私が就職活動をしてたのは今では超氷河期と呼ばれる年。

 

 

 

どこそこの会社は採用見送り・凍結(採用ゼロ)だとか、

 

凍結しないまでも採用抑制というニュースばかりが目につく頃でした。

 

 

 

そこそこ名の知れた大学であっても内定がたくさん出てるのは

 

サラ金か、怪しい先物取引の会社ぐらい。

 

(アコムとかのCMがバンバンT Vで流れてて

 

消費者金融業に勢いがあったこともあるかも。)

 

 

 

 

不幸だったのは、

 

バブル恩恵は受けていない世代なのに

 

バブル世代の価値観だけが色濃く残っていた世代ということ。

 

 

 

有名大学に入ったら人生勝ち組確定で

 

大手有名企業に入社して

 

高給取りになれるハズだという

 

価値観から抜け出せなくて苦しんでる世代なんだと思う、今も。

 

 

 

親世代は戦後の貧しい子供時代のあとに高度成長期を経験して

 

「努力と結果は比例する」

「暮らしは今日より明日、今年より来年と、どんどん豊かになる」

 

のが当たり前かのように生きてきた世代。

 

 

 

一生懸命勉強すればいい大学に入れて良い企業に入れて

 

一生懸命働けばたくさんお金がもらえて

 

年齢とともに自動的に給与がどんどん上がって

 

適齢期の大人なら誰しもが結婚できて

 

郊外に一戸建てを買って子供を育てることができる。

 

 

 

それが当たり前という価値観の世代。

 

 

 

小さい頃から習い事や塾にいくつも通わせて

 

何不自由なく育てたはずの子供が有名大学を出たのに、

 

頑張ったけどどうにもならないとか

 

安定した有名企業に入れないとか

 

そういうことを受け入れるのは難しかったと思う。

 

 

 

 

大手は採用凍結や大幅抑制ばかりの中で

 

求職中の人口は大きいという需給バランスなのに、

 

それまでのように有名大学を出てれば

 

みんな大手有名企業に入れるハズ

 

というのはロジックからしても破綻している。

 

 

 

だけど、学生側も小さい頃から叩き込まれた

 

その価値観を変えることは簡単じゃなかった。

 

特にわずか10歳くらい年上の

 

近所のお兄さんお姉さんや親戚(バブル世代)が

 

その法則に則って黄金街道を

 

やすやすと渡っているのをみてるだけに、ね。

 

 

 

せっかく苦労して受験戦争を勝ち抜いて入った大学なのに

 

これで無名ベンチャーや中小企業に行くくらいなら、

 

むしろ夢を追いかけて無職でいることを選ぶ

 

・・・みたいな風潮すらあったと思う。

 

 

 

親と社会の期待を裏切らないためにも、

 

負け組のレッテルを貼られないための自己防衛として

 

「自由のために新卒派遣」や「夢を追う」という

 

綺麗な言葉で飾った隠れ蓑が必要で、

 

派遣やフリーターも悪くないという風に

 

無理に自分と社会を納得させようとしてた空気が確実にあった。

 

 

 

私は何十社に応募してセミナーやらに行ったかも覚えてないけど

 

春までに内定をもらえたのはサラ金(じゃないけど似たような業種)だけ。

 

 

 

やりたいことも目的もない代わりに夢も希望もないという、

 

ボンヤリした能天気さが幸いだったと思う。

 

 

 

それで結果的に私を救ったのは、

 

就職先の名前や業種に何の思い入れもこだわりもなかったこと。

 

正社員という形態にこだわってたけど

 

特に理由もなく「大学出たら正社員として就職するもの」

 

と思い込んでたに過ぎなかった。

 

 

 

これでうっかり「やりたいこと」があったら

 

きっと自由なライフスタイルという売り文句にほだされて

 

就職活動なんてきつそうなことをせずに

 

早々に派遣やアルバイトを選んでたかも知れない。

 

 

 

14歳で過労で倒れて一度は聴力を失った私は

 

「競争社会にいるのが一番イヤ」っていう感じだったからね。

 

 

 

私は大手企業が軒並み採用凍結してる時に

 

採用活動している数少ない大手有名企業の狭き門を

 

潜ろうなんて無理だとハナから諦めて

 

中堅以下の企業ばかりに応募してた爆  笑 

 

 

 

理由は至極シンプル。

 

その方が競争率が低そうだと思ったから。

 

 

 

サラ金でも正社員で採用されるなら万々歳と思ってたので

 

採用通知をもらってすぐに

 

就職活動も辞めてしまったので

 

氷河期でない世代よりも取り立てて苦労したとは思ってない。

 

 

 

「就職浪人は困るけど、入れるなら別にどこでもいい」

 

と思ってたから爆  笑

 

 

 

本当にどこでも良かったから、応募してた会社は

 

業種もバラバラで何の一貫性もなかったしあせる

 

 

 

サラ金系企業に就職するつもりで就職活動もやめて

 

バイトに精を出していた夏休みの7月下旬、

 

3月だか4月だかに面接まで行ったけど

 

音沙汰がなかった中堅会社の人事部から突然の電話で採用。

 

 

 

思ったよりも辞退者が多く出ちゃって

 

空いたスポットが回ってきたのだね爆  笑

 

 

 

そうして私はサラ金を辞退し、

 

全くの無名だけど手堅い事業を展開している

 

中堅会社の事務としてめでたく正社員入社。

 

 

 

明らかに補欠だったし、

 

どんなに働いても残業代が5時間までしか出ないとか

 

今の時代ならありえないあからさまなセクハラとか

 

中小企業にありがちなブラック感もあったけどあせる

 

 

 

でも最初に行く予定だったサラ金系の会社は

 

私が就職した2年後くらいに大きな不祥事が取りだたされて

 

それがきっかけで10年も経たないうちに潰れてた。

 

 

 

私もあのまま入社してたらすぐに会社が傾いて

 

やっぱり非正規雇用の海に投げ出されてたのかなと思うので

 

常にスレスレのところで来た感じがするのよ。

 

 

 

近々潰れる運命にある会社に進もうとしていた危機を

 

補欠入社で他に拾われてすり抜けただけ。

 

 

 

でも無名中小企業だろうがなんだろうが、

 

あの時代に”正社員”の座を得たのは

 

私たち世代にはゴールデンシートだったんだと思う。

 

 

 

前職が正社員だったかどうかがその後の転職活動にまで

 

影響するだなんて新卒の頃には思いも及ばなかったけど

 

少なからず影響したと思う。

 

 

 

私は会社の知名度や規模に全くこだわりがなかったので

 

そこまで苦しんだという感覚もないとはいえ

 

バブル世代の価値観で有名企業を目指した人には

 

辛かったんだろうな〜と思う。

 

 

 

私が補欠で(笑)入社したその無名中堅企業、

 

入ってみたら同期は超有名大学出身の人ばかり。

 

 

 

5年以上遡った入社年の先輩達は

 

聞いても知らない名前の出身校だったのが、

 

私とその前後1〜2年に入った年齢では突然

 

早慶を始め誰もが知る有名私大が当たり前になり

 

東大卒までいたびっくり

 

 

 

そのちょっと前の世代では、

 

有名大学の学生には見向きもされなかった

 

私が入った無名中小企業にも、

 

いわゆるエリート学生が流れてきていた証拠。

 

 

 

有名大学の人でも就職口がなかったというのは

 

間違いなく本当だったとは思う。

 

もう繋がっている人がいないので、

 

最近入社の人のことは知りませんが。

 

 

 

 

私の同期達は会社規模や知名度よりも

 

正社員になることを優先した人たちだったわけだけど

 

話を聞くと、同じ大学の友人達の中には

 

就職を諦めて時間稼ぎで大学院に進学した人や

 

フリーターになった人も多かったみたい。

 

 

 

職種や知名度にこだわらなければ

 

彼らのような有名大学卒のエリート学生なら

 

私が入った会社みたいな無名中小企業なら

 

正社員で入れたのかもしれない。

 

 

 

ただ夏以降の、ほとんどの企業の採用枠が一通り埋まった後にしか

 

無名企業や中小を回り始めなかった学生は

 

たとえ有名大学でも優秀な人でも

 

扉自体が閉じられてしまっていたと思う。

 

 

 

だから大手や有名企業や人気企業ばかりを狙って

 

失敗した学生が多くいたとは思う。

 

 

 

こんな特技も特徴も取り柄もない私が

 

超氷河期に正社員入社したのだから

 

そうでなきゃ説明がつかない。

 

 

 

でもそれは、後になった今だから言えること。

 

 

 

あの時代、それなりの大学に行けば

 

それなりの企業に入れるという考え方は

 

至極まっとうな当たり前の考え方だったと思う。

 

 

 

育ってきた時代の常識が、

 

最悪のタイミングで突然変わってしまっただけ。

 

 

 

何かが変わることだって

 

一過性の一瞬の変化に過ぎないかもしれないわけで、

 

それが本当に変化したかどうかだって

 

後になってみないとわからないこと。

 

 


 

それを

 

「あの時、こうするべきだった。

 

それができなかったお前のミスだ。

 

お前が無能なだけだ。」

 

みたいに責められるって

 

おかしいと思う。

 

 

 

そんなもん、結果が出た後に出す

 

後出しジャンケンでなら

 

誰だってなんとでも言えるよ。

 

 

 

運よく超氷河期新卒時代には

 

荒波の一番悪いところに飲まれずに済んだ私が

 

今でもこういう見出しに反応してしまうのは

 

アメリカではビジネスが思ったより上手くいかなければ

 

簡単に仕事をクビ切りされるという認識が常にあるから。

 

 

 

経営が傾き切ってどん底まで落ちて

 

「人を減らさなければ会社存続自体ができない」

 

ところまで来なければ

 

人切り(リストラ)できないのが日本。

 

 

 

上手くいかなそうならば、

 

悪くなる前に人を切って(時にはプロジェクトや部署ごと閉鎖)

 

経営が傾く前に手を打つのがアメリカ。

 

 

 

ここまで運で何とか渡ってきた私だけど

 

リタイアする年齢まで今の雇用が継続してるとは思えない。

 

だから今は何とかなってても

 

来年の今頃は悲壮な見出しとともに書かれた

 

こういう記事と同じ状況にあるかも知れないと思うのです。

 

 

 

既婚とはいえ旦那は私にぶら下がって

 

生きてるヒモですからねぇ。

 

 

 

私が職を失った時にも私が何とかして養おうなんて

 

思ってるわけないじゃん!

 

 

 

妻の窮地にも自力で何とかできないようなクズは

 

とっとと離婚して自分を立て直す道を探すわよ!