毎日ありあわせ♪

毎日ありあわせ♪

実験的ありあわせ生活〜自然栽培をお手本に〜


明石の団地で専門学校生の2人の息子と暮らす。
何かとお金がかかる中、私は働きに出ないと決めた。
その代わりの『ありあわせ』。
単身赴任で頑張る父ちゃんのお給料を最大限に活かすため、
ありあわせ生活邁進中。

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こんにちは。


毎日、淡々と過ごしています。
元気です。

足踏み洗濯がありがたいです。
私にとっては自分を整える儀式みたいになっています。
水ってすごいです。

コンポストもありがたいです。
ぴかぴかツチダニ天国は、ほんのり温かくて気持ちいいです。


そんな淡々とした日々の中。

大好きな人に大好きと言いたいのに
あまりにも照れくさい。

勇気を振りしぼって
さらっと何気ない風に、ついでみたいに
息子(22才)に言ってみた。
「…大好きやで…」

そしたら
「わかってるよ。」って。
私より大人か~⁈

そんなこともあって…(笑)

今はちゃんと言えなくても
大好きと言いたい人たちを思い浮かべてる。



 
来てくださってありがとうございます。

大好きです! (照!)



お久しぶりです。
ご心配おかけしてごめんなさい。
元気にしています。

ただ
以前のようにブログを書こうとしたけれど、
以前のようには書けないのです。
何を書いてもウソっぽくって(笑)

本当は毎日ゆれゆれで、
どこを切り取って書けばいいのか。
変化し続ける心を見つめる日々でした。

そして
何か結論が出たから書き始めた、わけではなく
どうせ結論など出ないと分かっただけです。

でも
弟の四十九日が過ぎ
納骨を済ませた今
弟が一番欲しかっただろうものは分かった気がしています。



弟はよく
「姉ちゃん、大好きやで!」
と言ってくれましたが、私はこっぱずかしくて「ハイハイ」と受け流していました。


本当は
弟自身も
「大好き!」って聞きたかったやろなぁ…
「自分を大事にしいや!」なんて説教じみた正論じゃなく。。。。



四十九日には弟の好物を沢山並べて、家族だけの食事会をしました。
「ありがとう会」と銘打って。
思い出話しをしているうちに、「ありがとう」と「大好き」が言えました。

そばで聞いてくれていたと思います。

それは、四十九日までずっと夕食の陰膳を続けていたのですが、
ありがとう会の次の日からは
「もういらんよ。おいしいもんあったら、あっちにいかれへんやん。」
と言われている気がしたからです。

なんだか微笑んで旅立ったように感じます。



すべて私の自己満足かもしれませんし、
それでいいような気もします。

やっぱり結論など出ません。


「ありがとう」と「大好き」を残してくれた弟にただ感謝しています。


………………………  .……………………


今日もお付き合いくださってありがとうございました。

これからどんな風になるか分かりませんが、書いていこうと思います。

あらためまして、どうぞよろしくお願いします。







台風が来ています。
皆様、ご無事でしょうか?
明石は今、雲の切れ間にあるようです。



うちあけ話をさせてください。


私には、二つ年下の弟がいます。

アルコール依存で体を壊し、入退院を繰り返しながら、大阪でひとりで暮らしていました。

先日、その弟が亡くなりました。

ひとりの部屋で、吐血して亡くなっていたそうです。


いつかこんな日が来る、と覚悟はしていたもののショックでした。

そしてショックと同じくらいホッとしていました。

ーもう、しんどくないやんな。
ー好きなところへいつでも飛んでいけるやんな。
と。

しかし、役所や警察での諸々と、葬儀を済ませて弟のお骨を連れ帰ると、

弟が生きている間ずっと心のどこかでうごめいていた
弟を支えきれない罪悪感も、私をホッとさたのだと気づきました。

ーできるだけのことはしたのだから、あとはあの子の人生。

そう納得していたつもりでした。
でも違いました。

ーまだ何かできることがあるはずだ。
と思っていたのに、それを見ないようにしていたのです。
ずっと申し訳なく思っていたのに、そんなこと弟に伝えもせず
電話ではつい、説教じみた話しをしていました。

そんな私なのに弟はいつも、ありがとうと言ってくれました。
そのありがとうさえ、ちゃんと受け取っていませんでした。
たぶん、罪悪感があったから。
私がちゃんと言えない「ありがとう」だったから。

ひどい姉です。

今になって気づくことばかり。
私はいったい何を見ていたのだろう。

そして弟がかつてくれた大事なことを思い出しました。

アルコール依存治療のために入院していた病院から、弟は外出許可をもらって私のうちへ来たことがありました。
2009年のお正月のことです。
うちの玄関先に立った弟は、満面の笑みを浮かべて、重そうな袋を私に差し出しました。
袋の中には虫くいだらけの白菜が、ずっしりと入っていました。
「病院の畑で俺が育ててんで!」
本当に誇らしげな笑顔でした。
畑には生きる力がある、と思いました。

そして私の中である光景が育ち始めたのです。

私が農家になって弟に手伝ってもらおう。
体がえらかっったら、ぼちぼちと納屋仕事でもかまわない。
農家の仕事はいっぱいある。
どんな野菜を育てようか。
どうせなら農薬使いたくないな。
え?自然栽培?
肥料が虫を呼ぶ?
肥料が土を固めて、水を汚すって?
良かれと思ってしたことが、実は地球にはしんどいことやったんかー!
よし、
自然栽培でお米と大豆と少しのお野菜を育てて、弟にいっぱい手伝ってもらおうー!


そうです。
私を自然栽培に導いてくれたのは弟だったのです。


「ごめんな。間に合わんかった。
っていうか、農家になろうって気持ち忘れとった。
一緒に農家しよう、って言うたこともなかったよな。
できるかどうか分からんことに期待させたくなかってん。
いや、重いもん背負いたくなかったんかな。
あかんな。
あんたにエラそうなことばっかり言うてて、あかんわ。」

こんな会話をしています。

「言うてくれたら良かったのに。」
と言う弟の声が聞こえます。聞こえたらいいなという願望かもしれません。



うちあけ話し、聞いてくださってありがとうございます。

しっかり書いているつもりでも、揺れています。
読んでくださる皆様に甘えてしまいました。
おかげで少し心が整いました。
大事な一歩が出ました。
どうもありがとうございました。