理由に納得
twitterで
なんで歩くのがよいか
書いてあった
肉体的ではなく
メンタル的に
たまたま先週くらいに
流れてきたのですが
昔から?だったことが
一気に解決した
若い時に
twitterあったら
もうちょい違う人生にいけたと
今も思っていますが
それはそれです
なので
現実の事象を
究極的なまでに納得させてくれる理由を
明快に提示してくれるってことが
いかに大切かと思います
このブログにお立ち寄りいただいても
それぞれのみなさまに対して
究極的なまでに納得させてくれる理由を
明快に提示することはできないかもしれませんが
ちょっとはましになるくらいまでは
いけそうな
要素を凝縮している面はあると思います
少なくとも
じぶんの中では
誠心誠意の言葉で
書いております
良い方向じゃないよな〜って傍観している話し
良い方向じゃないよな〜って傍観している話し
だめだこりゃと
離れた人達
数年経つとだいたいうまくいかなくなってる
うまくいかないのが
しめしめではなく
やっぱりな〜って感じ
それを止められない
まわりの人達からも
合わせて離れていくわたし〜
離れたら
もう戻らない
当たり前の話し
離れた人達は
だめになった理由を
わたしのせいにはできない
全然関係ない場所で
うまくいかなくなってるから
そんなもん
わたしゃ知らないし
かりに離れてなかったら
負担は莫大に
そこまでして支える理由はわたしにはないし
そんな義理もない
まともな人達だけを
残してますが
だいたい30人くらいはいると思います
もう充分
5人いなくても
大丈夫な感じなので
30人くらいいたら
充分すぎます
足の引っ張り合いには
参加しない
スッと身を引く
それで困らないし
本質的な部分だけ
しっかり掴んでおく
あとは
必要なら
どんどん手放す
手放せないうちは
まだまだだと思います
人生がよれてくる
かなりの部分は
手放せないから
執着は
人を
正解から遠ざけると思います
対人対物的には
執着は限界まで下げる
対自分ならある程度は許容もする
コントロールできない
他人様に
執着することほど
人生の無駄になる可能性は高いと思います