序
「後で職員室来い。」
理由はなんとなくわかっていた。「進研模試」だ。
自称進学校どころか、年によっては偏差値50も切る僕の高校では河合塾の模試や駿台模試がメインではない。
入学当初から学年ではトップの成績をとっていたが、部活や昼下がりの教室で恋愛に熱中したせいか、いやその成果で偏差値は右肩下がりだった。ついには2番目になってしまった。
当時流行っていた漫画でも少年がよく言っていた。
「何かを得るためには、何かを捨てなければならないんだ。」
僕は2つとも捨てることにした。
部活辞めるってよ
「あんた、友だち来てるよ。」
母が言った。僕は何もやる気が出なくて、リビングの白いソファで寝転がってた。
ドアノブを捻って重たい壁を押すと部活の同級生がたくさんいた。
少年漫画みたいだな。と思った。
みんな優しいなとも。でももう腹は括ってた。
自分より上手い後輩はいるし、僕が辞めても何もダメージはないだろう。
僕は突き放すために、何かひどいことを言ったらしい。
翌日、担任兼顧問に呼び出された。
「なんでそんなこと言ったんだ。」
なぜだかわからないけれど、涙が溢れ出した。
恋愛もやめるってよ
彼女を振った。
正直熱は冷めてた。かっこつけて将来のことを考えて別れたことにした。
嘘はついていない。でも大事ではあった。僕の知らないところで幸せになって欲しい。
良い子だった。
さて
これからどうしようかな。何をすれば良いんだろう。
志望校は決まってる。国立の理系が強いところ。医学とかは正直興味なかった。理学部か工学部だろう。
Googleとかゴールドマンサックスとか凄い年収が高いらしいじゃないか。
やっぱり大学はいいところに行かないとな。
でも何から始めればいいんだろうか。
とりあえず教科書を読めばいいんだろうか。
ケンタッキーの2階で化学基礎の教科書を読んでいると、涙が溢れてきた。
僕はただ決断しただけで、何をどうすればいいのかなんて全くわからない。
ただ自分の才能を信じていた。
母子家庭だしお金がないけど、予備校に行けるのかな。
一旦説明会に行ってみよう。
少し小さい予備校の説明会に行ってみた。立川駅の南口の、ラーメン屋を曲がったところにある。
灰色の石でできた階段を登っていると、これ見よがしに合格実績が張り出されていた。
説明会では志望大学に合格している先輩がいた。もちろん別の偏差値が高い高校ではあった。
ここに入れば落ちても言い訳ができなくなるってことだな。
お金を稼ぐということ
金がないからバイトを始めた。コンビニのバイトだ。自転車に乗ってたくさん面接を受けた。
気の良さそうなオーナーに、自分の長所を盛り盛りにアピールして、その場で採用をもらった。
合格して16歳にして初めてお金を稼いだ。
コンビニのバイトは難しい。
受験勉強より難しいんじゃないか。でも、優しい先輩ばかりだった。
なかなか仕事が身につかなかった。近くには風俗街があり、ホストの店もたくさんあった。
「ちょうトロいんですけどぉ」
太り気味のロン毛のおじさんに言われた。なんなんだそのネチネチした喋り方は。
でも、僕のせいで長蛇の列ができていた。僕は謝ることしかできなかった。
なんでみんなそんなにテキパキ動けるんだろう。
130万
母はクリスチャンで、僕もいやいや教会にいくことがあった。
歌を歌って(僕は曲を知らないし声を出さないが)、牧師の面白い話を聞いて、解散するだけだ。
帰り際、牧師夫妻に声をかけられた。
「あしながおじさんがお金を出したいって言ってくれてます。」
突然130万円を手に入れた。なんていい人なんだろう。名前は教えてくれなかった。
「あなたみたいになりたい。」と本気でそう思える。
迷わず、予備校に入学した。どうやらここは浪人しても無料で翌年も通えるらしい。
クラス分け
僕は「難関大コース」に入れられた。クラス分けテスト、高校の偏差値を考慮してのことだろう。
地方国立大学やMARCHを目指すためのクラスだ。そんなところで志望校に合格できるわけがない。
ふざけるな。
「クラスを変えてください。ここのクラスでは簡単すぎる。」
私は何度も抗議した。
毎日のように何度も同じ話をした。でも結果はあまり出せなかった。
僕はこんなに才能があるのに。
チューターや社員に抗議し続けた結果、夏から数学と物理だけ「選抜Sクラス」に入れてもらえることになった。
僕にはギャーギャー声を上げることしかできない。熱を伝えることしかできない。
それが数学と物理の講師をやってるおじいさん達に響いたらしい。
伝えてくれたチューターには感謝してる。
僕はとにかく、時間があるだけ勉強にのめり込んだ。ほとんど数学と物理に費やした。
文化祭
高校生活最後の文化祭。こんなにもワクワクする日があるものか。
2年生から3年生にかけてはクラス替えはなかった。
そんなに長い間一緒にいると、好きな人もできるものだ。恋に恋をするのが高校生だろ。
僕はMさんが好きだった。
2月にはバレンタインのチョコレートをもらった。
Twitterの裏アカウント(別に悪口を言うアカウントではない)ではこそこそと話す仲になった。
恥ずかしくて、教室では話さなかった。いや、話せなかった。
漫画を借りることになって、二人で放課後、みんなが消えるまで教室に残っていたこともあった。「カノ嘘」って漫画だった。
廊下に出ると、「カノ嘘」を持ち歩いていたMさんがいた。
Mさんの白い肌は真っ赤になっていた。俺は硬くなっていた。
正直僕が頑張っていたのはMさんの影響もある。Mさんはフォロワーが多いし、ユーチューバーとして有名だったらしい。
俺はあまりみていなかった。
素敵な女性に見合うくらいの男になりたかった。だから頑張れたのもある。
後夜祭で一気に距離が縮まる、なんてなかった。約束なんてしていなかった。
僕は友人とカラオケに行くことになった。
「暇だなぁ」
裏垢でそう呟いた。暇じゃないのにな。
「暇だねー」
彼女もそう呟いていた。
「何してるの?」
「Wと立川のカフェにいるよ」「きなよ」
「え、行こうかな」
あんなに早く自転車を漕いだのははじめてだった。心臓がバクバクした。
「ごめん、用事できた」
僕は友達にいった。友達はMさんのことが好きだった。
南口の、誰が使ってるのかわからない公園で落ち合った。Mさんは一人だった。
「何しようか。」
うまく話せない。
Mさんの実家周辺に向かうことになった。
電車のアプリを教えてもらった。僕は普段電車に乗らない。雨の日も自転車に乗るんだ。
このアプリをずっと使うことにした。
駅から降りると、少し肌寒かった。とりあえず周辺を散策した。
終電ギリギリで帰れるよう、駅から出るときに予め切符は買っておいた。
なんだかんだ楽しく話せた。
肩がぶつかるたびに、心臓が揺れるようだった。
気付いたら、もう真っ暗で、終電の時間に近くなっていた。
「帰りたくないなぁ」
とふと言ってしまった。
「帰らなければいいじゃん」
肩を肩で擦りながら、Mさんは言った。
僕は今日死んでもいいと思った。
先のことは考えず、終電を逃した。
また話して、気付いたら3時になった。
最後に、思わず抱きしめてしまった。あそこをMさんに当てまいと、腰が変な角度になっていたと思う。
本当にいい雰囲気だった。
でも僕は恋愛をやめた。
自転車を借りて家に帰った。
数日後自転車を返したが、特に何も進展はなかった。
伸びしろ
冬に入り始めた頃、3者面談があった。こういう場に親が来るのははじめてだった。
「この子は冬になれば、数学の能力は東大クラスになります。」
そう言い切られた。母は本当に驚いていた。
僕は自慢げな顔をしてたと思う。内心嬉しかった。だんだん小テストで結果を出せるようになったからだろう。やっぱり僕は才能があったんだ。なぜか他の人にわからないことが簡単にわかるんだ。僕が作る回答は最高なんだ。
けど、結果大学には落ちた。
わかってる。
一年浪人することにした。