螢墓地

螢墓地

螢火のように儚く消えゆくモノたちを残す場所

 もしも

 今日で さいご だと

 わかっていたら

 もっと 優しく できたのに

 生きるという事は、他の命を奪い、己の命を延命することである。

 それは、頭では理解しているはずだった。

 

 私はあの日以来、何も口にしていない。

 私は、ある事件の被害者だ。そして、その事件の唯一の生き残りだ。その事件はあまりにも残忍で、犯人はその場で銃殺された。

 

 私の主治医や周りの大人たちは、私が食事をとれなくなってしまったのは、その事件のせいだと思っているらしい。その事件のショックで食事が喉を通らないのだろう、と。

 それは合ってはいるのだが、大きな理由は他にある。

 

 私はあの事件以来、とある能力がついてしまった。

 それは、口にしたモノの過去を自分の事のように感じてしまう能力。食材になったモノ達の生涯、生まれてから死ぬ瞬間までの記憶や感情、痛みや苦しみが脳裏に飛び込んでくるようになってしまったのだ。

 

 今まで、誰も信じてくれないと思って、誰にもその事を話さずにいた。話したら、変な子と思われるかもしれない、冗談を言うなと怒られるかもしれない、と怖くて言えなかった。

 だけど、親身に診てくれる先生に隠し事をしているのが苦しくなって、思い切って話すことにした。

 先生は、黙って最後まで私の話を聞いてくれた。そして、私の想像とは全く違う答えが返ってきた。

 私の話を聞き終えた先生は、「やはり、そうだったか」と、どこか納得した顔でそう言った。そして、こう続けた。

「たまに居るんだよねぇ。生まれつき、食の力に障害がある子が」

 え?

「食べる時に何も感じず、ただの栄養摂取になってしまう障害。君もそうじゃないかと思っていたんだけど、そうだったみたいだねぇ」

 先生は、私がとても可哀そうだと言いたそうだった。

「だけど、君の場合、あの事件がきっかけで、その力が回復した。これは奇跡だ!」

 先生は、とても嬉しそうだった。

「最初はビックリするかもしれないが、大丈夫。慣れれば病み付きになるさ」

 最初は聞き間違えだと思った。だけど、先生は興奮気味に続けた。

「おっと、だからと言って、病み付きになり過ぎて、あの事件の犯人みたいには、ならないでくれよ。折角、助かった命だ。これからは思う存分、食事をほどほどに楽しんでくれたまえ」

 先生はそう言って、満面の笑みで病室を出て行った。

 昔々の遠い世界。その世界にも、朝と夜がありました。

 朝になると太陽が、空を明るくしてくれましたが、夜には太陽沈み、空は暗くなりました。代わりに空を明るくしてくれる月や星はありません。

 

 そんな世界の小さな村に、小さな男の子が居ました。男の子の名前は、クノン。クノンの家族は、みんな忙しく働いていたので、クノンはいつも一人で、外で遊んでいました。

 そんなある日。いつものようにクノンが外で遊んでいると、見慣れないお婆さんが、つらそうに咳をして木陰で座っていました。

 気になったクノンは、家から水をコップに入れて、お婆さんに差し出しました。

 その水を飲んで元気になったお婆さんは、

「ありがとう、坊や。お礼にこの卵をあげよう。大切に育てておくれ」

と、卵を一つくれました。

「この卵のことは、私と坊やだけの秘密だよ」

 お婆さんはそう言うと、村の外に歩いていきました。

(どうやって育てればいいのかな?)

 クノンは色々考えて、鳥と同じように、あたためてみようと思いました。

 最初はお湯で温めようかと思いましたが、ゆで卵になると困るのでやめました。

 次は、卵と一緒に布団にくるまってみましたが、みんなが、「クノン、どうしたの? 今日はお外に行かないの?」と心配させてしまったのでやめました。

(そうだ。お外で一緒に日向ぼっこをしよう)

 そう思ったクノンは、毎日、外で卵をお日様に当てて温めました。何日も何日も繰り返し温め続けましたが、卵は全く何も変わりません。

 困ったクノンは、物知りのフクロウに会いに森に行くことにしました。

 

「フクロウさーん。居ませんかぁ」

 クノンはフクロウを探して、森の奥へとどんどん入って行きます。夢中になって、太陽が沈んでいくのにも気づきません。

 クノンが、気がついた時には、辺りは真っ暗で場所が分からなくなっていました。だんだんと寒くなってきて、クノンの体も冷えていきます。

 クノンは寒さのあまりに体を震わせ、卵を持っていた両手をギュッと握りました。

 すると、卵がポカポカと暖かくなって、ピカッと光りました。ビックリしたクノンは、思わず両手を開きました。

 次の瞬間、暗闇だった夜空に無数の小さな光と一つの大きな光が現れました。

「フォフォフォ。ついに生まれたか」

 クノンの前に現れた森のフクロウが言いました。

「フクロウさん。夜空のあの明かりはなぁに?」

 クノンの質問にフクロウは答えます。

「あの無数に光っておるのは、星。そして、大きい光は、月という」

「星と月……」

 クノンは夜空を眺めました。

「さぁて、村の皆が心配しておる。今日は帰りなさい。ワシが村まで案内しよう」

 クノンは、フクロウの案内で、無事に村に帰りました。

 

 それからというもの、その世界で夜も暗くなることはなくなりました。

 夜に、クノンがどこにいてもお月様がついてくるのは、クノンのことを親だと思っているからかもしれません。

誰 が 選んだとしても

あなたのことを やるのは

あなた なのですよ