久々のブログです。
サポステを始めて早4ヶ月が経ちました。
就労支援に軸足をおいた中で『働く』ということに向き合う毎日ですが、仕事に対する概念は本当に様々だと痛感しています。
そんな中で、リクルートの『ホンキの就職』ファシリテーター養成講座を、2日間みっちり受けてきました。
『ホンキの就職』は若い方の就活を応援するために作られたプログラムで、仕事の選び方や、就活の考え方、仲間と一緒に乗り切るためのグループワークなどを4日間に分けて行います。履歴書の書き方、面接練習なども入っていて、短い期間で就活に必要なことを効率よく学べるようになっています。これをサポステで実施するには、プログラムを提供できる認定ファシリテーターにならないといけないので、ファシリテーター養成講座を受講してきました。
私の今回のテーマは、リクルートさんが作られたプログラムを、どこまで受講者さんにとって受け止めやすいものに落とし込めるかということでした。なぜなら、働くということに高いハードルを感じている方や、就活に嫌なイメージを持っている方も沢山いらっしゃるからです。
自分の就活を振り返ると、仕事は必ずやるものというのが大前提でした。どうせやるなら少しでも楽しいと思える仕事を週休2日で空調が効いている場所でしたい…と思っていた気がします。私の父は電気屋を営み年中無休で働いていたのですが、手伝いをさせられることがよくあり、その影響が大きいと思います。
就活の時は父に求人情報の見方や、履歴書の書き方、面接の受け方などいろいろアドバイスをもらいました。面接では、自分はどんな風に会社の役に立つつもりかを伝えなさいと言われました。会社側がお前を雇うメリットがあると思わないと採用されないよと言われ、なるほどと思いながら一生懸命考えたものです。
父は常に前向きで、仕事に楽しく取り組む人でした。毎日仕事の中での出来事を晩酌しながらユーモアを交えて話してくれました。母も仕事に誇りをもって取り組む人だったので、両親の影響から、私にとって仕事は、給料をもらいながらノウハウを学べるメリットのあるものというイメージが定着していったように思います。「経験は変えがたい宝だ」という両親の持論は、仕事をする中で実感を伴い私の持論にもなりました。
私は多分両親より不器用なので、失敗したり怒られたり…大変なことは沢山ありました。そんな話をする度に、両親は、経験は全て自分のもので無駄な経験など一つもないと教えてくれました。だから新しいことにも「また一つ自分のスキルが増える」と思いながら取り組むことができました。
面倒なこと、大変なこと、理不尽なこと、情けないこと…仕事にはいろいろマイナスな要素もありますが、それをしてでも乗り越えるメリットが私には感じられました。
仕事だから行ける場所、仕事だから会えた人、仕事だから経験出来ることも沢山ありました。それがあったから私は成長してこれたし、段々自分を好きになっていけました。
出来ないことに取り組むことで、また新しい自分になれるという感覚があり、難しい仕事を振られるとワクワクしたものです。
自己実現だと思うのですが、私は仕事を通して、今もやり甲斐や生き甲斐を感じています。
上手くいかないことは今もいろいろありますが、今回の研修でも、全国のサポステ仲間に会えて、その仲間と一緒に成長する楽しさを感じることが出来ました。
皆違う理由でサポステスタッフになり、違う場所でそれぞれに利用者さんに関わっていますが、真摯に取り組む姿勢は共通していて、熱意や思いが伝わって刺激しあえる仲間として2日間一緒に過ごすことができました。
働くことの意味はまだ自分にもよく分からないと言いながら、同じ立ち位置で一緒に考えていくと言ったAさん。準備不足でロープレが上手くいかなかったけど、利用者さんのために就労支援に取り組む自分自身の姿勢を見直したBさん。主役は受講者さんだとファシリテーターとしての質を高めようとするCさん。タイプは全然違うけど、利用者さんの為に与えられた役割に向き合う姿勢は同じで、皆仲間だなぁと感じました。
次は、このセミナーを自分のものにして、受講者さんと一緒に、新しい自分の可能性を見つける楽しさや、一歩踏み出すことで見える新しい世界を体感していけたら良いなと思っています。
嫌な仕事に嫌々就くのを後押しする…やりたいのはそんなことじゃありません。仕事をする時間は長いのですから、その時間が苦痛で嫌だなんて、それは耐え難いことだと思います。
私の経験を少し書きますが、最初のバイトは飲食店でのホールの仕事でした。高校生だった私はオーダーが上手く聞けず失敗して怒られてばかりで何ヶ月かで辞めましたが、それでも最初の仕事を少しできたことに安堵したように思います。
次のパン屋さんのバイトでは、焼き立てフワフワのフランスパンを食べられるのが楽しみでした。お客様には、いつも心地よい「いらっしゃいませ」を心掛けていたので、笑顔で「ありがとう」と言われると嬉しかったです。
アパレルのショップでは、お客様に声をかけることが出来なくて困りましたが、どうすれば役に立てるのかに集中することで声がかけやすくなり、一緒にコーディネートを考えることで感謝されると嬉しかったです。ノルマもあって大変でしたが、先輩の店員さんからいろいろ教わり、大人の世界に足を踏み入れた感覚にドキドキしました。
専門学校を卒業してプログラマーの仕事に就いた時は、新しいプロジェクトに参加して制作する毎にワクワクして取り組みました。とても楽しい仕事に就けて嬉しかったので、残業も苦にはなりませんでした。5年働く内に能力の限界を感じ、出産を機に辞めましたが、この経歴はその後の私の就活でずっと活きてきました。
私はその後の経験も、全て履歴書に盛り込んでいきました。フラワーアレンジメントを習ったことも、PTAで広報誌を作ったことも私にとっては経験でした。全て一生懸命取り組みましたし、PTAでは部長をやって表彰されたりもしました。協力的ではない部員さんもいたので、自分で抱え込むことも多く大変でしたが、皆の意見を融合すると良いものを作っていくことができました。その経験から、後に社内報を作らせて頂くこともありました。
任せられるということは、人に必要とされているということで、私には嬉しいことでした。人に必要とされるようになるということは、仕事に困らなくて良くなり、仕事をして喜んでもらえることが増えるということで、自分の居場所を守る力になると思うのです。それを教えてくれたのも父でした。仕事があるから安心して暮らしていくことができるし、毎日を充実して過ごすことができると私も実感しています。
その後もブランド家具の販売員や、経理事務、事務兼社内SE等をさせて頂きました。母親のカラオケ店の手伝いもしました。全ての仕事は私を少しずつ成長させてくれました。不器用ながらも、それなりにできることが増えました。苦手な仕事も、何年かやれば不思議にできるようになるという感覚や、沢山の職種や就労形態で働いた経験が就労支援の中で活きています。
最初に法人を立ち上げた時、社会へ出るための武器を一つでも増やして欲しい思いから、パソコンの学習支援を始めました。仕事をしながら、自分らしい人生を見つけて欲しいという思いがありました。パソコンに詳しいということは、いろんな職場で重宝して頂けました。不器用な私を助けてくれたのは、いつもパソコンのスキルでした。
ただ、相談に来られる方は内面的な悩みを抱えておられ、相談にのるスキルが必要になりました。必要に迫られ、キャリアカウンセラーの資格を取りました。そして、いろいろな人に言われてきた「カウンセラーになれば良いのに」という言葉は、意図せず現実のものになりました。仕事は私をいろいろな新しい世界へ導いてくれました。
利用者さんから感動を頂くことが多い今の仕事は、私にとってはとてもやり甲斐があります。もっと良いカウンセラーを目指していきたいと思っています。ただ、組織運営の力はまだまだで、事務処理能力にも課題があります。自分自身のレベルアップと合わせて、組織として補う方法など模索中です。
カウンセラーという仕事は、本当はなくて良いのかもしれません。私が家族や友人に相談してきたのもカウンセリングみたいなものです。でも、身近に話せる相手がいないなど、必要な方もおられます。自分が誰かの役に立てる限り、全力を尽くしたいと思います。
今は様々な立場にあり、非常に複雑で難しい感じがしていますが、相談に来られた方に、自分らしい人生を歩んで欲しいという思いは変わりません。
お金が余っていて、一生働く必要がないのであれば、必ずしも働かなくても良いかもしれません。どこに生き甲斐や喜びを感じるかは人それぞれだと思います。でも、もし働く必要があるのだとしたら、その中で、少しでも楽しく充実した時間を過ごして欲しいなと私は思います。
私が辛いと感じることは自由がないことです。自由を得る為にも、仕事や収入は必要で、私はこれからも何か仕事をしながら生きていくと思います。どうせやるなら、楽しくやりたい。一生懸命やれば、得るものは必ずあると私は思っています。
それぞれ大切にしたいことは違うと思います。だから、皆が持ってる価値観を大切にしながら、自分を活かせる道を見つけて欲しいと思います。全ての人が仕事に意味なんて見つけられないと思うかもしれませんが、仕事とは、収入になることだけを指すのでもありません。役割として貢献すること…私は仕事とはそんな感じのものだと思います。
人は生きているだけで価値があり、意味があるのですが、仕事はそれを実感する一つの方法なのだと思います。