心身一元論 という考え方があります。 文字通り、こころとからだは切り離せない、ひとつのものであるという考え方です。
この説の第一人者は、ウィリアム・ジェームズというアメリカの哲学者・心理学者です。
彼は、身体変化の認知が、情動を生むと考えました。以下は彼の有名な言葉です。
“われわれは泣くから悲しい、殴るから怒る、震えるから恐ろしい、ということである。
動悸の高まりも浅い呼吸も、震える唇も力の抜けた四肢も、鳥肌も内臓の動揺も、もしこれらの感じが全く無いとしたなら、どんな恐怖の情動が残るだろうか。
もし身体的に無感覚になったならば、感動の世界とは無縁になるだろう。“
たしかに、もし私たちから視覚や聴覚、触覚や嗅覚、あらゆる「感覚」を無くしてしまったら、どうなるでしょうか? そこには「無」しかないのかも知れません。
行動してみて(動いてみて)知覚して、気持ち(心)が変わるということは日常誰もが経験していることです。
逃げれば逃げるほど恐くなる
怒りの感情は言葉に出すとやわらぐ
悲しい文章をくり返し読んでいると悲しい気分が湧いてくる
この法則にしたがうと
私たちは有益な良い知覚によって、良い気分になります。
私たちは有益な良い知覚によって、良い気分になります。
例えば、きれいな景色を見たり心地よい音楽を聴くのと同じように、運動する中で
筋肉がリラックスする感じ
動きやすさや力の入りやすい感じ
痛みがやわらいでいる感じ
安定している感じ などを知覚すれば…
PNFをはじめとする運動療法の効果は、からだに対するものだけではないのです。