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『島唄』とは………

『ザ・ブーム』のヒット曲
1986年11月に結成され、

バンド名は、
「常に流行に左右されず
自分たちの音楽を
貫いていけるように」
という逆説で
ヴォーカルの宮沢和史氏が命名。

「島唄」は1993年6月に、
全国発売となり150万枚以上を
売り上げる大ヒットを記録し、
その年の紅白歌合戦にも出場した


■「島唄」創作秘話

2005年「宮沢和史の旅する音楽」
というシリーズが連載され、
この「島唄」の裏歌詞、
本当の意味というのが
話題になった。



「宮沢和史の旅する音楽」
から引用↓


『島唄』は、
たった一人のおばあさんに
聴いてもらいたくて作った歌だ。

宮沢氏→91年冬、沖縄音楽に
のめりこんでいたぼくは、
沖縄の
『ひめゆり平和記念資料館』
を初めて訪れた。

そこで『ひめゆり学徒隊』の
生き残りのおばあさんに出会い、
本土決戦を引き延ばすための
『捨て石』とされた。
(ひめゆり学徒隊の女性達は、
強姦され、
ゴミの様に捨てられていった。)

激しい沖縄地上戦で
大勢の住民が
犠牲になった事を知った。

捕虜になる事を恐れた肉親同士が
互いに殺し合う……

極限状況の話を聞くうちにぼくは
そんな事実も知らずに生きてきた
無知な自分に怒りさえ覚えた。

資料館は自分があたかも
ガマ(自然洞窟)の中に
いるような造りになっている。

このような場所で集団自決した
人々のことを思うと
涙が止まらなかった。

だが、その資料館から
一歩外に出ると、
ウージ(さとうきび)が
静かに風に揺れている。

この対比を曲にして、
おばあさんに
聴いてもらいたいと思った。

歌詞の中に、ガマの中で自決した
2人を歌った部分がある。


…ウージの森で あなたと出会い
ウージの下で 千代にさよなら…

という下りだ。


『島唄』はレとラがない
沖縄音階で作ったが、
この部分は本土で使われている
音階に戻した。


2人は本土の犠牲に
なったのだから………。



2005年8月22日の朝日新聞





『島唄』 作詞:宮沢和史




でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た

(1945年春、でいごの花が咲く頃
米軍の沖縄攻撃が開始された)


でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た

(でいごの花が咲き誇る初夏になっても、米軍の沖縄攻撃は続いている)


繰り返す 哀しみは 島わたる 波のよう

(多数の民間人が繰り返し犠牲となり、人々の哀しみは、島中に波のように広がった)


ウージの森で あなたと出会い

(サトウキビ畑で、愛するあなたと出会った)


ウージの下で 千代にさよなら

(サトウキビ畑の下の、ガマ・防空壕の洞窟で、愛するあなたと永遠の別れとなった)



島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ

(島唄よ、風に乗せて、死者の魂と共に海を渡り、遥か遠い東の海の彼方にある神界"ニライカナイ"に戻って行きなさい)


島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙

(島唄よ、風に乗せて、沖縄の悲しみを本土に届けてほしい)



でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ

(でいごの花が散る頃、沖縄戦での大規模な戦闘は終わり、平穏が訪れた)


ささやかな幸せは うたかたぬ波の花

(平和な時代のささやかな幸せは、波間の泡の様に、はかなく消えてしまった)


ウージの森で 歌った友よ

(サトウキビ畑で、一緒に歌を歌った友よ)


ウージの下で 八千代に別れ

(サトウキビ畑の下の洞窟で、永遠の別れとなった)



島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ

(島唄よ、風に乗せて、死者の魂と共に海を渡り、遥か遠い東の海の彼方にある神界 "ニライカナイ" に戻って行きなさい)


島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を

(島唄よ、風に乗せて、彼方の神界にいる友と愛する人に私の愛を届けてほしい)



海よ 宇宙よ 神よ 命よ

(海よ 宇宙よ 神よ 命よ 万物に乞い願う)


このまま永遠に夕凪を

(このまま永遠に穏やかな平和が続いてほしい)



島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ

(島唄は、風に乗せて、死者の魂と共に海を渡り、遥か遠い東の海の彼方にある神界 "ニライカナイ" に戻って行きなさい)


島唄は 風に乗り 届けておくれ 私(わくぬ)の涙(なだば)

(島唄は、風に乗せて、沖縄の悲しみを本土に届けてほしい)


島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ

(島唄は、風に乗せて、死者の魂と共に海を渡り、遥か遠い東の海の彼方にある神界 "ニライカナイ" に戻って行きなさい)


島唄は 風に乗り 届けておくれ 私(わくぬ)の愛を

(島唄は、風に乗せて、彼方の神界にいる友と愛する人に私の愛を届けてほしい)




『でいごの花』とは……

春から初夏にかけて咲く赤い花で
見事に咲いた年は
天災に見舞われるという話がある



『ガマ』とは………

沖縄は石灰岩の土壌で、
多くの洞窟や『ガマ』と言われる
鍾乳洞がある。
米軍の攻撃や、自決などにより、
ガマの中で多数の民間人が犠牲になった。

グーグルで、『okinawa cave』
と検索すると、
当時の沖縄戦の写真が
何枚も出てくる。



ニライカナイとは……

沖縄の民間伝承で、
東の海のかなたにあると
考えられている異界。
豊穣や生命の源であり、
神界でもある。

年初にはニライカナイから
神がやってきて豊穣をもたらし、
年末にまた帰るとされる。
また、生者の魂も
ニライカナイより来て、
死者の魂はニライカナイに去ると
考えられている。



千代、八千代……

国歌、君が代の歌詞とも合う。



ザ・ブームの
プロモーションビデオ内で、
宮沢和史氏が
白の上下の服を着ているのは、
死者が着る死装束を
表しているのかもしれない。

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今この時も、沖縄基地問題、

『高江』での座り込みをしている
人達への妨害、
機動隊が座り込み民間人を
無理矢理道路の左右に押しやり、
その道路の真ん中を
トラックやダンプカーが通過し、
先日遂に、強行工事に
突入し始めたそうです。


本土の人達で
この話を知っている人達って、
どのくらいいるのだろうか??


高江の出来事は、
メディアでは報道されない事実。



私は、この歌の本当の意味に
魂を揺さ振られ、

今、沖縄基地、
高江で起こっている事実も

一人でも多くの人に
関心を持ってもらいたくて
今回記事にした。




海よ 宇宙よ 神よ 命よ………


………このまま永遠に夕凪を




http://m.youtube.com/watch?v=DKB41krUnVU&itct








ひなた

熊本地震関連

【避難所や被災地で、
「どこに何が足りないのか」
がわかるサイト ↓


http://kumaque.com/post-2565/


:炊き出しや物資提供に便利】




熊本地震による5月26日現在の
避難所の一日の食事例を
調べてみました。


避難所によっては
まちまちだとも思いますが、



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↑ 5月26日から、
一日三食のうちの一回は、
お弁当になったそうです。




地震発生から2ヶ月が
経過しようとしていますが、

誰がみても、この食事続きでは
健康面が心配されます。



報道では、熊本地震の被災地は
着々と復興に向かっていて、

サミットなどの報道で、
被災地の現状は、
過去の出来事の如く、
隅に追いやられてしまったかの
様でもあります。



が……、現実は、

水とか食料が不足し、
助けを求めてくる人たちが
『今』でもいると言う事を
忘れないで欲しいと
切に願うばかりです。








ひなた

先日、お花見に行って来ました。

(*^_^*)↓



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↑ これは、川なんだけど、

桜の花びらが
たくさん散ったのが
川に流されていく様子です。


ドブ川なんだけど、
この散った桜桜たちが
流れていく風景を見るのは、

それはそれでとても綺麗でした!



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↑ これは、地元の大型公園で
撮影した、

お池の回りの桜桜桜


ここでの撮影は、
ベストポジション!!


美しいですよね (*^_^*)




昨日は、本屋さんに寄って、
待望の書籍を注文してきました!

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袋とじ特集があるみたいで、
今から興味津々です(笑)




私も、桜桜大好きです!!

(●^ー^●)








ひなた