ゼロから始める婚活生活~45歳バツイチ無職の婚活日記〜

ゼロから始める婚活生活~45歳バツイチ無職の婚活日記〜

44歳で離婚した無職かつバツイチ非モテの中年オタクが何度も死に戻りしつつ婚活を進めていくブログです。

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お付き合いしていた方とお別れしましたが、自分自身の生活はあまり変わらない感じの毎日を送っております。

そもそも2月の後半からはコロナで会う予定もなくなったり、都合がつかないことが多かったですしね。

別れの原因の一つとして、お相手の方からは結婚に対するスピード感を指摘されました。

僕自身は結婚は社会制度の一つとしか思っていないので、結婚しなくてもしてもどちらでもいいと思っているため、確かにすごく積極的で前向きかというと、そうではないように思います。
これは婚活時のプロフィールにも記載していました。

僕にとっては社会的なステータス(状態)として結婚しているかどうかよりも、お互いの気持ちを深めて関係性を築くことの方がだいぶ重要なのですが、そのスタンスは人によって違うものではあるのでしょうね。

また、僕自身が望むものを考えてみると、異性としてドキドキするといった恋愛感情よりも、一緒にいて楽しかったりホッとできることの方が重要で、そういう意味では恋人というより友人関係に近いものを求めているのではないかと思っています。

それは必ずしも「婚活」には当たらないのかもしれないと思うため、自分自身の思いを整理するために少なくとも当面婚活はしないことにしました。

離婚後自分の生活がきちんと確立出来ていないと感じる部分も多いため、まずは自分の生きる道をきちんと見極めた上で今後のことを考えていきたいなーと考えています。
掲示板サイトを眺めていたら、こんな記事が掲載されていました。

結婚して半年の新婚さんのご夫婦がコロナで夫婦共に在宅ワークになったところ、旦那さんが奥さんの作る料理が不味いといって、いつもダメ出しばかりするというものです。

このご夫婦の場合はどちらが悪いという以前に、お互いにとって無理が重なっているんだろうなーというのが率直な感想です。

奥さんにとっては自分がせっかく作ったものを否定されていると感じるでしょうし、旦那さんにとっては口に合わないものを無理やり我慢して食べさせられている状態ですから、食事の時間がお互いに苦痛なものになってしまっているんですね。

食の好みが大きく違うのは難しいものだと思いますが、そもそも料理は女性が作るものという考え方に捉われてしまっているのが問題なんじゃないかなと感じます。

コンビニ弁当が好きならコンビニ弁当を食べればいいし、旦那さんが料理が好きなら旦那さんが作ってもいいし、別に女性が作る必要なんてないんじゃないかなーと僕は思ってしまいます。

男性も料理をするべきというわけではなくて(もちろん好きならそれでいいことですが)、こうあるべきという見方がたくさんあると、生きる上ではキツくなるんじゃないかなと思います。

ちなみに、僕自身は若い頃にバックパッカーであちこちの国を周っていたのですが、どの国でも大抵のものは美味しく食べられましたし、食べ物に対するこだわりがあまりないので、1ヶ月カレーとかでも全然問題なかったりします。

お付き合いしていた方と、お別れすることになりました。

コロナで会えなくなることが続いていたのですが、その間、お相手の方が将来について考えてみたところ、僕との今後がなかなか見えないという結論に達したとのことでした。

悲しいことですし残念なことではありますが、少し方向が違うのかなと感じることもあったため、お互いにいい人生を歩めるようにお祈りして、お別れすることにしました。

今回の件で、僕自身が望む生き方が必ずしも結婚に向いていないということも分かったので、当面婚活をすることはありません。

もともと婚活自体は昨年の終わりまでで一定の結論を出そうと決めていたこともあり、自分にとってはとてもいい経験だったと考えています。

なお、婚活についての体験談はまだ残っているので、このブログは細々と気の向いた時に更新していきたいと思います。

婚活をしていると、幸せとはなんだろうと考える機会が多くなると感じます。

おそらく、結婚に対して幸せになりたいという思いを抱いている人が多いと思います。

ただ、何をもって幸せとするかは案外難しいものです。

「家族を守るのが男の幸せ」
とか、
「旦那様に愛されて子どもを産むのが女性の幸せ」
といった価値観もあると思いますが、本来人の幸せというのは人によってバラバラなものだと僕は思います。

また、他人から見て「幸せそう」であっても、本人にとって幸せでないなら、それはやっぱり幸せではないんじゃないかなと感じます。

特に他人と比較して幸せの基準を考えるタイプの人の場合は、
「他人から見ると幸せな状態なはずだ」
という思いと、
「幸せなはずなのに何かが満たされない」
という思いの板挟みになることも多くなりそうだなーと思っています。

そういう不協和が発生すると、自分よりも不幸せな相手を見つけてマウンティングすることで自分はまだマシだと思い込もうとしたり、自分は幸せなんだと無理やり思い込もうと抑圧したりして、色々と無理が生ずるものなんですね。

結局のところ自分自身が
「今自分は幸せな状態にいる」
と心から思えるか、または
「今は幸せではないから幸せな状態になれるよう考えよう」
というように現在の自分自身の姿や状況を認めることができれば、自分自身の幸せに向かうことができるのではないか、猫と一緒にお風呂に入りながらそんなことを考えたのでした。



仲人Nさんのブログはとても明快なので好きです。
今回のテーマもいいですね。
女性に対して出産、家事、介護を求めるなというものですね。

以下は上記の記事を読んで何となく感じたことを書いているため、必ずしも記事の内容と一致するわけではありません。

出産自体は生物学的な問題があるので、出産そのものと子育てを含んだものとして解釈しました。

なお、以前にも書きましたが血縁関係と家族関係が別のものとして成立するようになればいいというのが僕の考えなので、女性は出産できる方が望ましいとは思いません。

女性の役割として育児・家事・料理などが挙げられることがよくありますが、率直にいうとバカらしいなあと感じます。

それらのことは生きていく上で割と誰でも必要になるもので、性別に依存するものではないと考えます。

とはいえ、必ずしも全ての男性が積極的に家事や料理をするべきとも思っていません。

やりたくないならやらないで生きていける方法を考えればいいし、それは男性だろうと女性だろうと関係ないんですね。

例えばお金を払って誰かにやってもらうのも一つの方法ですし、家事を放棄した状態で生きていくのもまた一つの方法だろうな、と。

どうやって折り合いをつけるかは個人やパートナー間の問題ですが、男性の役割・女性の役割という考え方自体が薄まっていけばいいなと僕は思っています。

もちろん、家事が大好きな男性がいてもいいし、家事を全くやりたくない女性がいてもいいんですよね。

性別に関係なく、それぞれの個人が望む生き方を選択できるようになればいいな、と僕は思っています。