元JWで幼少期を過ごした私は常に「エホバ神がどう思っておられるか」という基準で、全ての事を判断されてきた。
良い事をした時は「エホバが喜んでおられるね」
自分の気持ちを優先したい時は「エホバはどう思っておられるかな」。
ちなみに悪い事なんてしない。それが最前提。
なのでいつまでも自分の意思は常に後回し、
感情というものを殺して生きていったような気がする。
常に自己犠牲を讃美され、
笑顔の元でそれを強いられ
それをみずからの意思でという事にさせる。
でも全てがマイナスではない。
手抜きをしない、真面目に生きる
という事でどこの職場でも重宝されてきた。
常にこの世からの誘惑を避け、
忠誠心と羞恥心の狭間で
人達に嫌な顔で見られながらも奉仕をし、
そんな日々から比べると、
仕事というものはとても楽しい。
会う人たちは皆喜んでくれる。
笑ってくれることが当たり前の日々。
それだけで楽しいと思える。
いじめもない。
でも、、
おかしいと思っても、それに目をつぶってしまう。
その体質は今となると、
例え洗脳という意味ではなかったとしても、
その後の人生にも影響したかもしれない。
恋愛において、特に。