父が亡くなった。わずか一週間前には家で元気に酒を飲んでいた父が、骨になって、家に帰ってきた。

一週間の間、様々な方たちにお世話になった。119番の救急隊の方たちに始まり、脳外科の医師の方たち、看護師の方たち、病院の霊安室担当の方、葬祭関連の方たち、僧侶の方たち、さらには、タクシーの運転手の方たちにも、大変にお世話になった。

今回、人の死という究極の状況に直面した私は、改めて、この究極の状況に対応する様々な職業があることを知ることになった。

究極の仕事という言葉をよく耳にするが、死という究極の状況に携わる業務というのは、全てが、究極の仕事という名に相応しい仕事をする業務なのではないかと思った。

「収骨」という言葉があることを、今回、私は初めて知った。火葬場で火葬した骨を拾い集めることを収骨と言うそうで、人の死の最終段階の収骨を担当する業務というのは、究極の仕事の中の究極の仕事のように感じられ、改めて、私は、世の中には様々な職業があることを知ることになった。

この一週間、葬祭関連など、人の死を巡る業務に若い方たちが従事していることが多く、少し意外な感じがした。世の中に様々な職種がある中で、どのような動機によって人の死を巡る業務に従事することを決めるのか、私は非常に興味があるけれども、しかし、今回、父の死に直面しながら、若い方たちが適切に人の死を巡る業務をこなしていることに、私は大変な好感を持つこととなった。



父の死の最終段階である収骨も、若い女性が担当することになった。

父の骨を拾い集める中で、頭蓋骨を拾うことになった時、担当女性の口から、

「しっかりと頭蓋骨が残っています。このようにしっかりと残った頭蓋骨は、久しぶりに見ました。おそらく、魚などを食べて、健康的な食生活を送ってこられたのであろうと思われます」

という言葉を聞くことになった。私は非常に興味深い話だと思って聞いていると、担当女性の口からは、次のような言葉も発せられた。

「出来合いの惣菜などをたくさん食べて生活してきた人と、しっかりと手作りで作られた料理を食べてきた人とでは、焼かれた時の骨が全く違います。しっかりした料理を食べてきた人の骨は、焼かれてもしっかりしています。しっかりした料理を食べてこなかった人の骨はそうではなく、色も良い色ではありません。火葬された骨には、その人がどのような食生活を送ってきたかが反映されます。私にはわかります」

焼かれた骨を見れば、その人がどのような食生活を送ってきたかがわかるという話は、凄い話だと思った。担当女性の口から「健康的な食生活を送ってこられたのであろうと思われます」という言葉を聞いた私は、かなり驚いた。

父は93歳で亡くなったが、母は、65年もの間、我が家の食生活を一手に引き受けてきた。だから、父が健康的な食生活を送ってきたことは間違いないと思う。その事実が、収骨の場で、父の骨によって証明されたことに、私は、非常に驚いた。

母は我が家の食生活を一手に引き受けてきた。毎日毎日、食事を作る母の姿を見てきた私は、それが楽な作業ではないことを知っている。そんな作業を続けてきた母によって、父の健康的な食生活は成立した。

だから、父が健康的な食生活を送ってきたのは、母の功績である。しかし、父の食生活を知っていたのは私の家族のみであり、母の功績は家族以外の者に知られることなく、父の人生が幕を閉じようとしていた。それが、最後の最後に、収骨の担当女性が、母の功績を見抜いた形になった。

しっかりと頭蓋骨が残った父の骨は、母の毎日の努力の成果だと思う。どうやら、父は、骨になって、母の功績を証明してくれたようである。これまでの母の努力は間違っていなかったのだということを、父は、骨をもって、示してくれた。私は、母の65年の努力が報われたように感じ、非常に嬉しかった。



収骨の担当女性が我が家の食生活を見抜いたことに、私は本当に感心した。と同時に、私は、収骨の担当女性に、本当に感謝をしている。もしも、父の収骨がこの女性の担当でなかったならば、今頃、私の家族は、父の骨が母の功績を証明していたことを、知ることができなかったのかもしれない。

この担当女性の方は、どのような動機によって、収骨の業務に従事することを決めたのだろう。でも、収骨という業務には、私の全く想像していなかったやり甲斐のようなものが存在するのではないかということを、今回、私は感じた。何と言っても、

「私にはわかります」

という発言の際の担当女性の表情は非常にカッコ良く、儀式を司る立場とは全く違うカッコ良さというものが、収骨という業務には存在するのではないかと、今回、私は思った。

全ての収骨作業が終了し、収骨室を去ることになった私は、担当女性に軽く会釈しながら、「ありがとうございました」と挨拶した。すると、担当女性は、ちょっとこちらに首を傾け、軽く微笑むような表情をしてくれたように私は感じた。収骨というものは厳粛な儀式であるけれども、それだけではないのだということを、私は知ることになった。

収骨を担当してくださった女性に、改めて、感謝の気持ちを申し上げたいと思います。どうもありがとうございました。