2022年4月。
春の曖昧な天気に体調を崩しながら、わたしはぼんやりしていた。
わたしは、誰だっけ。
どんな人だっけ。
簡単なことすら春の曖昧さに揺すられて、落ちていってしまった。
今月、本当に最近まで、自己同一性を確固たるものにすべく、わたしは傷を弄くり回していた。
自分の中の正解を見つけるために。
何の為に見つけるのか?それは置いといて。
所謂多重人格の状態が初めて出てから、早1年半。
わたしは早々にこの病気との折り合いをつけていた。
なんとなくの折り合いがつくようになってから、人格は減り、その代わりわたしは記憶があやふやなことが非常に増えた。
恐らく、記憶を飛ばすことで自己の防衛ができると、気付いたのだろう。(上層部のわたしが)
精神科疾患の中でも、解離性同一性障害は摩訶不思議と思われやすいし、ドラマやアニメの題材に使われやすく、批判的発言もあるので、当事者も葛藤を抱えやすいと思う。
実際わたしも誰かから批判されるのが怖かったし、そんな批判されるような特性をもつ自分を受け入れるのが、苦痛だった。
自分の病気についてまとめることを、精神科に本格的に通院するようになってからの5年間、本当にしつこく嫌になるほど繰り返してきた。
それは、自閉症特有の拘りだったり、性格的に完璧主義だというのもあるのだろうけれど。
繰り返し思考することをやめなさいと、夫にも言われたし、トラウマになった地元の精神科医にも言われた。
でも、わたしはこの頃思考して良かったと思えるようになった。やっと自分の中で整理がつけられるまで纏められるようになってきたのだった。
躁鬱に統合失調症、人を振り回すような行動、発達障害、解離。色々なことがあった青年期。
わたしはもともとが自己同一性に曖昧さがある人間であったから、この病気と診断されたのならこの症状はなんだろう?などと、医者でもないのに悩んでしまっていた。アイデンティティがおかされることが酷く苦痛だったのだ。
今後の目標は、安定して継続的に何かを成すことだと思う。
だから、鋭い感受性をいい意味で鈍らせて、少しずつ馴染んで、溶けていくような生き方をしたいと思う。
感性を尖らせなければ適応できなかった昔とは、環境も少し違う。とても、緩やかな居場所だから。
わたしの働けなさを赦してくれる、そしてゆっくり向き合うことを許してくれる。そんな夫には感謝している。
いつもありがとう。これからも、よろしくお願いします。
春の雨が、しとしとと、わたしの影を溶かしていった。
