直島のシンボル「かぼちゃ」
「南瓜」「赤かぼちゃ」 草間彌生
http://kagawa.weblike.jp/report/art.html
草間彌生(1929年生まれ)の巨大な水玉かぼちゃを
はじめて見たとき、ああ、やられてしまったと思いました。
やられたって、草間彌生の水玉がとてもすてきで、
普遍的な模様の無限の可能性を私たちに見せてくれたからです。
しかもかぼちゃ、しかも巨大。
草間彌生の復活を直感しました。
身近なものが芸術になる瞬間は
便器を[泉]といった
マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp,
1887年7 - 1968年)をすぐ思い出します。
は20世紀の芸術の意識を
変えさせてくれた功績はみとめるけれど、感動はないなあ。
草間彌生の増殖と反復、単純だけどすごい83才。
ルイヴィトンと草間彌生のコラボコレクション。
単純ななんかちがう水玉。何がちがうのだろう。
作品すべて草間彌生が仕上げているのです。
○まるひとつひとつ草間彌生が大きく小さく、
気に入らないと消したり、塗り重ねたりの増殖と反復。
○だけでなく、目や人物や蔓のような線が軽快に
スピード感ある筆の動きが絵全体の印象を
ほどよく明るく、妖しくさせているのが魅力的。
平和を歌わないと、やっていけないのよ、
ただ描いてているだけじゃだめ。
苦労人は芸術家の処世術をもらしたりします。
草間彌生は1957年(昭和32年)に渡米。
ドナルド・ジャッドやジョゼフ・コーネルらと交流し、
男根状のオブジェをはりつけた立体作品を作ったりし、
過激な「前衛の女王」として、バッシングもうけてきました。
1
973年帰国後、
日本でもさらにバッシングの嵐をうけ、
精神科に入院します。
現在も病室から草間彌生ビルの仕事場へ通い、
病室が彼女の住まいです。
いつもなにかに怯えているような、気弱さと強気、
彼女の本棚には、死にまつわる本が並んでいるのが印象的でした。
イギリスの新テート美術館をはじめとする
世界巡回展に赴いた草間彌生は
「前衛の女王」にふさわしく眼孔鋭かったりするのですが
声はいつも弱々しいのです。
絵だけでなく、自分も商品だというように、
サービス精神たっぷりにふるまったりします。
ホテルにもどると、自殺したくなったと、部屋から
スタッフのいるところにいって、
倒れこむ精神状態になったりします。
帰国して、病院にいるときはだめかなあと思うけど、
キャンバスに向かうと描きたくてたまらなくなって、
どんどん描けて、絵を描いていると元気になるという草
間彌生を見せていただきました。
草間彌生がアメリカからの帰国後、
絵画活動を再開したのは1990年代初頭、
1993年(平成5年)、ヴェネツィア・ビエンナーレ
に日本代表として参加したのをきっかけに、
世界的に再評価熱が高まったのです。
彼女は60才を過ぎていました。
ここから草間彌生の水玉の花が開いたのです。
とてもすてきな開花でいまも咲き続けています。




