両家の最後の挨拶には、父親が真澄を呼んで、琴美の横に一緒に並ばせた。






「本日は…………………………誠にありがとうございました。
お開きにする前に皆さんに言っておかねばならない事があります。…過去の過ちにより、私達は一度直毅を失いました。ですが、ここにおられる山本真澄さんは、神原家を救って下さいました。直毅の母親でございます。今日、この日を迎える事が出来たのは真澄さんがあっての事です」


いつの間に仕込んでおいたのか知らないが、スタッフが花束を持って走ってきた。


「真澄さん。本当にありがとうございました。これからは神原家の家族として、親戚として、よろしくお願いします。また、これからも直毅の事を、どうかどうかよろしくお願いします」



真澄は泣いていた。










真澄は本来、井上家の場所に立っているはずだった。



そう考えると、本当に酷い事をしたのかもしれない。





もしかしたら、俺と繋がってきた事で、俺よりも苦しい思いをしてきたんじゃないか…

もしかしたら…



そんな事を考えていると、涙が止まらなくなっていた。





「泣いたらあかん!男やろ!」








顔を上げると

目の前にカナがいた。






光に包まれた本当のカナがいた。
いや光だけだったのかもしれない。





「大丈夫やから…大丈夫。ほら」

直毅の手を夏子の手と合わせた。

『カナ…』










夏子の手を握った時、目の前には真澄がいた。




「直くん夏子ちゃんおめでとう。ホンマにおめでとう」




「…お母さんありがとう」

「またおいでよ」

「毎日行くわ」


「肉なくなるからあかん」
「ははは。子供産まれたら1番に報告するからな」

「うん」







直毅は、二人の母親に抱えきれないほどの花束を渡した。
結婚式は、大阪天満宮で神前挙式をしてからリッツで挙式をする事にした。




どうしても神前挙式を白無垢でして欲しかったのと、リッツの料理に融通がきいたからだ。



前菜からメインまで、平井と裕也VS料理長というような面白い催しだ。






結婚式は物凄くお金がかかる。

結局、下見の時の料理代や交通費、結婚指輪も含めて、すっからかんになってしまった。











「私、綺麗?」

神前挙式の始まる前、白無垢の夏子を見て号泣してしまった。


『こんなにも綺麗な女が存在するものなのか…』


「綺麗や。ホンマに綺麗や。こんな綺麗な嫁貰えて幸せや」

俯き加減で照れる夏子は、本当にこの世で1番綺麗だった。

夏子の発する色は、そこらじゅうに綺麗な花を咲かせる力を持っているかのように輝いていた。






神前式が始まって、こちらを見て微笑む真澄の色は、カナの色そのものだった。

懐かしい色だ。







神主が何を喋ったのかは覚えていないが、緊張の中、ぱたぱたと終わってしまった。











「飲んだらダメ」

そう強く言われていたのだが、キャンドルライトを二人で燈し終えてからは、注がれる酒は全て飲んだ。

緊張からか、ほとんど酔えない。



余興だらけだ。

タカやサトミや清美の歌
マサと坂口の漫才
その他もろもろ

ほとんど耳に入ってこなかったが…


いざ高砂に座ると、緊張しすぎて楽しむ余裕はない。
おもてなしは完璧か?式の進行は予定通りか?そんな事ばかり考えてしまう。







夏子が、真澄に貰った振袖を着て母親に連れてこられたあと、平井と裕也と総料理長が同じように出てきた。

会場は笑いに包まれた。



メインの料理は合作料理のようだ。

「肉の塊をじっくり焼いてその赤身の部分だけを召し上がっていただきます。ソースはシェフ特製のグレイビーソースです」


肉を扱っているからわかるが、何たる贅沢な一品なんだろうか。

舌がとろけるほど美味しかった。








スタッフに後押しを受けて高砂の前へ


スポットライトが夏子を照らす。

「それでは新婦様より、ご両親への感謝の言葉です」






光に照らされて眩しい夏子にマイクを向けると、見覚えのある問題集を白い布から取り出した。

『ん?なんじゃそりゃ』




「……お父さんお母さん。
今まで大事に育ててくれてありがとう。今まで一緒に泣いたり笑ってくれてありがとう。お父さん達がいてくれたから、今日この幸せな日を迎える事ができました。

直毅さんと出会ってから、嬉しい事も悲しい事もたくさんありました。
でも、その度に見てた本があります。

この本は、直くんが受験の時に使ってた本です。
まだ私と出会う前に…

この本の最後には、こう書かれています。

『まだ見ぬ君へ
俺は君を大事にしているか?
毎日君を抱きしめてキスしているか?
毎日君を笑顔にしているか?
君と喧嘩しても、すぐに優しくしているか?
後悔しないように暮らしているか?
すべて自分から手を差し延べているか?
毎日後悔のないように愛しているか?
     2003年5月11日』

……今、その通りにしてもらっています。
世界で1番幸せです。
直毅さんは色んな経験をして、このメッセージを書いたのでしょう。
そして、やっと私にたどり着きました。
…………………」



「頑張れー」
「大丈夫やー」



「…お父さんには、心配もかけましたね。帰るのが遅かったり、お母さんと喧嘩したり。
でもこれからは安心してください。こんなにも人を大切にできる直毅さんと一緒になれます。
私も大事な人を直毅さんと一緒に大事にしていきます。
お父さんお母さんありがとう」















「おいおい。それ捨てたと思ってたのに…」
「意地悪したら見せようと思って持っててん」



夏子は、泣きじゃくった顔で笑った。
「今日は好きなだけ羽根伸ばしてきてもいいよ」


式の前の晩、夏子に解禁された直毅達は全員で新地に繰り出した。



ドンペリ、ドンペリ、オーパスワン…



百花の旦那のクロも来ていた。
結構、酒が強い。




見渡すと滝ヶ丘軍団、京学の連中に鳥大の仲間達だ。
これだけ集まると本当に楽しい。


マルコなんか優子がいない事をいいことに、もう全裸だ。





「明日はケーキに誰か仕込んどいたろうかな。マサとか」
「いいっすよ!生クリーム塗りたくって下さい」

「ほんなら、明日のナイフは日本刀で切ろっかな。裕也さん用意して下さい」

「まかしとけ!」
「ちょっとちょっと」

「ははは」




小さな店なので、ほぼ貸し切りだ。




「直さん直さん!こうゆう店って、女をどうやって外に連れ出すんですか?」


マルコが耳打ちしてきた。

「どの子を持ち帰りしたいん?」
「あのリオって子っす」


「おーいリオちゃん!コイツがお持ち帰りしたいってさ」
「ちょっ!」


「ふふふっ」
リオが笑った。


「笑ったやろ?あれオッケーのサインや」
「マジっすか?」

「おぅ。よう聞けよ。お持ち帰りする前に『アフター』ってゆうのをせなあかんのや」
「アフターっすね!」

「そうそう。このビルの一階に花屋あったやろ?」

「はい」

「あの店に行ったら、アフター券ってゆうのが5000円ぐらいで売ってるわ。普通には売ってくれへんけどな」
「どないしたら売ってくれるんですか?」

「よく覚えろよ」

「はい」

「36番の11を下さいってゆうんや」
「36番の11っすね」
「そうそう。36はこの店で11はリオの番号や。最初は惚けよるから、何回も言わなあかんで」



マルコは、一応服を着て出て行った。


すぐにママに頼んで下の花屋に電話した。

「もうすぐ変な奴が36番の11って言ってくると思うから、11番は10万円、12番は3000円ってゆってあげて。ほんで12番でいいってゆったら3000円分の花束売って『これでいいから』ってゆってくれん?」
「はぁ。要は3000円分の花束売ったらいいんですね?」
「そうそう」







案の定マルコが花束を抱えて上がって来た。

「お帰りっ」

「11番は10万やったんで、12番買って来ました」

「おおっ12番はママや!頑張れマルコっ」



「マルコくーんありがとう。私とアフターするぅ?京都にスッポン食べに行きたいわぁ」


「ええっ!いやっそのっ」






笑い声が堪えない夜だった。
「帰りに、なっちゃんも一緒に連れておいで」




昼間、ヒルトンで打ち合わせをして料理を食べてきた。

それからウェディングドレスを見たり、コーディネーターと打ち合わせをしたりして『山本』についたのは7時頃だった。



去年雇った美春という女の子は、テキパキと仕事をこなして、今や店長さんだ。
相変わらず客への気配りは素晴らしい。




ここ最近
週末になるとフランス料理で胃がもたれているから、店内の香ばしい焼肉の匂いはキツイ。



「どこにするか決めたんか?」

「リーガロイヤルかリッツかなぁ。大阪やし」

「そうかぁ派手にしたりよ。お母さんからも200万あげるからな!」
「アホか!老後に取っとき」


「美春ちゃーん。ビールと盛り合わせ持ってきて」
「はーい」

「お腹空いてるやろ?」

焼き肉なんかいらないやと思っているのに、夏子は食べる気満々だ。



『山本』の上ハラミは夏子の大好物らしい。

「直くんと付き合って良かったぁ」

君は俺じゃなくて上ハラミと付き合っているんじゃないのか?というぐらい、サシのキレイに入ったハラミを美味しそうに頬張る



「直くんは何か違うの食べる?」
「テールスープの冷麺」

「ちょっとちょうだいね」
「ははは。ええよ」

夏子はいくら食べてもお腹が出ない。

もしかしたら真田虫でもいるんじゃないかと思う。







「そういやどうしたん?」

「そうそう!直くんなぁ…今までありがとう」
「何や急に」

「急やねんけどなぁ…養子縁組を解消させてくれへんか?」
「はあ?」

「まぁ聞きいや。カナが死んでもうすぐ8年や」
「せやなぁだから?」

「私もあの子が死んでもて、辛かったよ。ホンマに辛かった…でもな、息子が出来たんや」
「……」
「あのどん底から医学部行って、店もこんなに繁盛させてくれた。夢見せてもろたから、私も命を繋いでこれたんや。直くんがおらんかったら、もうこの世におらんかったやろうな」

「そんなアホな」
「ホンマや。あんたが先に行動起こしてもたから…心配かけてからに。だから今度は、私のお願い聞いてえな」


真澄は養子離縁届を差し出した。


「なぁ直くんは直くんや。たった8年やけど、お母さんって呼んでくれて幸せやったよ。もちろん、これからも呼んでくれるやろ?」
「お母さんはお母さんやんけ!」

「なっちゃんもそれでええか?」
「はいっもちろん」

「直くん。名前が変わるだけなんや。あんたがあのままやったら山本で良かったけど、あれからちゃんと育ってんから、神原に戻して神原家のお墓に入り!ほんでご先祖にきっちり挨拶しておいで。な?」

「嫌や!もう決めたんや!」


パシンっ
真澄は直毅を叩いた。


「何や!名前がそんなに大事か?名前が神原になったら、縁が切れるんか?直くんはこれからもうちの専務やし、私の息子や!心で繋がっとったらええんとちゃうか?親が二人増えるだけやないの!そんなんも面倒見れへんのか?それでも男かいな」
「いや…」

「結婚するってのは、そうゆう事や。ちゃんと、なっちゃんを神原家に迎えたり!それに名前が変わっても、直くんもなっちゃんも私の子供や」



「……縁切りとちゃうねんな?いつまでも俺のオカンでおってくれるんやな?」


「当たり前やん!私の葬式の喪主は直くんや」

「葬式って…」
「ははは。ちゃんと遺言残してるから、私が死んだら読んどき。名前が変わるだけや。ただそれだけの話や」





「わかった」


「良かったぁ。直くん頑固もんやから聞いてくれへんと思っとったわ」


「でも、絶対一生面倒見るからな!」
「ははは。ありがたいけど、大丈夫や!ホルモンバワーがあるからな。はよ孫見せてや」










夜、布団の中で夏子が泣いた。
「どないしたん?」

「お母さんの気持ちがわかるから…」
「……」

「これからも一緒に大事にしてあげようよ。な?直くん」


直毅は夏子を一晩中抱きしめて眠った。
医学部は、5回生になるとポリクリという授業が始まる。

ポックリみたいで老人の多い病院では、あまりいい言葉ではないような気がする




大学病院で教授や助教授の後ろに立って診察を見学して、病気の診断や治療について学んだり、手術見学をするのだ。


だいたい1つの科を2週間単位で実習する。


これがまたキツイ。



毎日、出会った症例や手術についてノートに細かくまとめていかないと、テストが大変だ。

絵を描かされたりもする。






夏休みの8月25日に結婚式を控えているが、する事が多過ぎて、今はそれどころではない。









「10日は絶対ダメっ」


夏子は、自分の誕生日の10日と記念日の25日が同じ月にあるから、これから楽しみと言っていたが、頭が痛い。

無理矢理にでも一緒にすれば良かった。









女は、どうしてこう記念日とかが好きなんだろう。

付き合った記念日
お互いの誕生日
結婚記念日
クリスマス


ただでさえ、頑張らないといけない日が4日に増えるのに、子供が生まれたら、もう大変だ。

夏子の喜ぶ顔は好きだが…










「オークラとか蘇州園もいいし、リッツも帝国ホテルもいいなぁ」

「うーん。神戸ってゆっても、呼ぶのは西宮寄りの人間が多いから、梅田あたりでいいんちゃう?」

「そうやねぇ」


直毅は適当に答えているが、夏子の話に付き合っていると、時間がいくらあっても足りない。



『ダーツで決めたら?』

何回そう言いそうになったか…






お金なんかいくらかかってもいいから、早く決めて欲しかった。




男なんてこんなもんだ。



ウェディングドレスを見れればそれでいい。
一つ一つテーブルを回ってキャンドルライトを燈したり、こっぱずかしくて仕方ない。







二次会の店は、ほぼ決まっている。

梅田の『H-ear』だ。
夏子の手を初めて握った店。









「なぁなぁ北野倶楽部は?」
「うーん。料理は美味しかったけど…」





忙しいのに、毎週のように神戸や大阪に連れて行かされて、色んなホテルの食事を食べさせられるのだった。







そんな中、直毅は真澄に呼び出された。
人間国宝が仕立てた振袖。

世界で一つの素晴らしい着物だ。



「これを初詣に着るの?ありえへんって!」
「ほんならいつ着るねん?」

「結婚式とか…そういう場所に着ていくもんやんか」
「ほんなら、エルメスのバーキンあげたら飾っとくんか?」

「そら近所のスーパーとかには持って行ったりせえへんけど、そういう場所には…」

「さっきから『そういう場所』って何やねん?服は服、物は物やろ!」

「汚れたらどうするんよ」
「だ・か・ら、汚れるのは当たり前やろ?服やねんから」










直毅は、いくら高価なものでも普段使いとかそういった使い分けをする感覚がない。

「貧乏くさい」

確かにそうかもしれない。




カイエンの助手席のベージュの革シートと足元には、コーラの染みがついたままだ。


「ごめんなさい」
「ええよ。どうせ汚れていくねんから。気にすんな。服ビショビショやろ。新しいの買いに行こ」



その後、染みを見る度に、ちょっと落ち込んでしまう。

「それも味やろ。いい思い出やん」




『思い出』
こんな風に言ってくれる彼氏は初めてだった。

ブランド物のスーツを着てきた彼氏に抱き着くと
「やめろや!汚れるやろ」
今まで、そんな男ばかりだった。







「大丈夫。私も昔汚してるから。ほらこの蝶の斑点な、どれかわからんけどお好み焼きのタレやで」
「えぇー」
「着れる時に着たらええねん」

「うーん…」
真澄にそう言われても悩んでいた。














21号線沿いにある『よってこや』
夏子はここのラーメンより、ラーメン横綱の方が好きだ。

「ここを右斜めやんな?」


外環状線を曲がって、夏子が毎年行っていた成田山不動尊へ。





「お父さん達先に行って、去年のお札とか笹とか捨てに行くって」

「こんなに人おるのに会えるんか?」
「大丈夫やと思うよ」





コンビニを通り過ぎると、右手に夏子が通った高校が見えてきた。


「ここに停めよう。空いてるし」
「すごい人やな」



「屋台めっちゃ出てる!」
「んーいい匂い」

「めっちゃ美味しいベビーカステラの店があるねん。そこにお父さん達並んでるって」



物凄い人の波をすいすい抜けて目的地へ。
さすが地元っ子だ。




「あっ!いたっ!ママー」

夏子は走って行った。

「あら?その振袖どうしたの?」
「貰ってん。堺のお母さんから」


「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」
「おめでとう。直くん今年もよろしくね」


「見てっ!これ」

夏子が薬指に輝く指輪を見せた。


「あーっ!それ婚約指輪?」
「そうっ」


「ちょっとちょっと!その話は帰ってから…」

「そうかぁ夏子を貰ってくれるんかぁ。ありがとうな」
「いや、家に帰ってからキチンと…」

「かまへんかまへん。今日は一緒に飲もうっ!」








「ママ!私、着付け習いたい。お茶も」
「いいわよ。米子で見つけておいで。ママが出したげる」








最近、夏子の背筋が綺麗になった。
それだけで2倍にも3倍にも美しく感じる。


「最近綺麗になったな」

「ホンマ?嬉しい」
トリトンの薄暗い店内。

ゆったりとJAZZが流れ、クリスマスらしくロウソクの明かりが幸せそうなカップルの顔と料理を照らしている。



「いらっしゃいませ」

「あの…すみません……山本はどこに…」


「あぁ直毅の。奥で寝てるわ。呼んでくるから、この席で待っててね」





夏子は、入口に近い空いているテーブルに座った。
普段、吐く事のほとんどない直毅の為に『まさ』でビニール袋を貰ってきていた。




『大丈夫なんかな?歩けるんかな?』







JAZZが鳴りやんだ。




突然、暗がりの中で誰かが唄い出した。

ア~~ヴェマリ~~ア~♪




『あれ?この声の色は………清美だ!ん?』


店内が、ゆっくりと明るくなった。





奥から、スーツを着た直毅が歩いて来る。


『あれ???…酔い潰れてたんじゃないの?』






夏子の目前に立った。

皆一斉にこっちを見ている。





直毅が、小さな青い箱を開けてひざまづいた。



「まだ学生やけど……俺は夏子を幸せにできると思う…いや、絶対に幸せにします!俺と結婚して下さいっ」







「はい」




夏子がうわーんと泣いて直毅に抱き着くと、店内から拍手が起こった。



「おめでとう!」
「幸せにな!」

よく見ると、マルコと優子も拍手していた。



「おいおい指輪つけな」




夏子は、夢にまで見た煌めくダイヤモンドのついた指輪をはめてもらった。






泣きじゃくる夏子と照れた直毅を、滝ヶ丘軍団、シン夫妻、マルコ達が祝福した。



「よっしゃ!」

「もう!ダマす直くんなんかキライ!」


「ええねん。俺が好きやから」
「ふふっ私も」
「ごめん。今年のクリスマスは夜からしか会えへん」




昨夜、直毅にそう言われた夏子はスネていた。

平井達の店を、高城と一緒に手伝いに行かないといけないらしい。



『せっかく有給休暇を使って、休みにしたのに…』









トリトンカフェは、今や料理の美味しい店として有名になっていた。
それでクリスマスは6時~8時と8時過ぎ~10時の2部制で予約を取っていた。


先輩の頼みで、その手伝いをしなければいけないらしい。









四人で一緒にクリスマスを過ごす事になっていた夏子とマルコと優子は、三宮の焼鳥屋『まさ』に来ていた。

「なぁ、私邪魔じゃない?」
「邪魔じゃないよ!夜から一緒にオークラのバーに行くねんから。一緒にいようよ」

「何時に終わるんやろう?」

「閉店作業で11時過ぎって言ってたよ」


優子は、マルコに貰ったプレゼントの財布とネックレスを嬉しそうに見ている。

『はぁー実家で待ってたらよかったなぁ』



焼鳥もあまり喉を通らない。
マルコ達も気を使ってか、あまり注文しなかった。

夏子は、お通しのキャベツばっかり食べていた。









店に入って30分が経った頃
イライラしている夏子の携帯が鳴った。

知らない番号だ。
しかもまだ8時。

「もしもし?」
「あっトリトンの平井と言います」

「はい。直くんの…」
「夏子ちゃんですよね?」
「はい」

「直毅が客に飲まされ過ぎて潰れてもたんよ。ちょっと迎えに来てくれへんかな」

「え゙ぇ゙?」


『お酒で潰れる?直くんが?』


「場所わかるかな?トアロードやねんけど」
「ショップカードありますんで、大丈夫です。すみません。すぐ行きます」

「ゆっくりでええよ。奥で寝てるから」

「すぐに行きますっ」




『はぁー一体なにしてんの?』





「どうしたん?」
「酔い潰れて寝てるねんて。最悪やわ。迎えに行かな」

「一人じゃ無理やろ。一緒に行ったげるよ」
「ホンマ?ごめん。手伝って」



急いで加納町の交差点からタクシーに乗った。

「トアロードまで」



『もうっ!こんな日に!』











ドンキホーテの手前の角を右に下る。
白い壁に『Toriton-Cafe』の文字が見えてきた。




「すみません。ここでちょっと待っていて下さい」



外からでも、カップルだらけなのが分かる店内。

溜息をつきながら、一人で入って行った。
「学生結婚かぁ」


クリスマス前、直毅は考えていた。



確かに今、結婚してもいい。



医師免許さえ取れれば、月に30万は稼げるだろう。
それに貯金もある。

カルカナの給料も。


大学もあと2年。


来年、子供が出来てもなんとかなるだろう。






夏子はいい女だ。

見た目も綺麗だし、何よりも持っている色と歌声が素晴らしい。
思っている事が、すべて素直に色に表現されている。




それに1番驚いたのは、夏子にも色が見えるという事だ。

夏子は、テレビの音に急にハモったりする。

例えば時報や競馬のファンファーレだ。
ブップップップーーの最後の部分やレースのファンファーレにハモったりするから『あれ?こんな音やったっけ?』となる。

夏子は、すべての『音』の音階が言える。
車のドアの閉まる音はファ、リモコンのスイッチの音はミなどだ。


なぜかと聞くと「音には色がついているから」と言っていた。
母親もそうらしい。


夏子は色聴だ。

同類に初めて出会って不思議な気分だった。







それに最近、料理も家事もちゃんとするようになった。




なぜか急に。









ソファに座った夏子は、カナを膝に抱きながら洗濯物を畳んでいる。








机の前の棚にある『標準組織学総論』

この中には、米子市役所で取ってきた婚姻届がはさんである。

夏子が彼氏と別れた次の日の帰り道に取ってきたものだ。





『プロポーズするんやったら演出も考えんとあかんな…』








勉強しているフリをしてペラペラめくっていた。

『…ん?…あれ?』


婚姻届に夏子の名前と判が押してある。



急いで閉じた。





『アホちゃうか?あいつ』



後ろを見ると、洗濯物を畳み終わって、カナのゴロゴロ鳴るアゴをなでている。

鼻歌を歌いながら…













次の日、マルコと彼女の優子と高城を呼び出した。





「・・・・という訳や。頼めるか?」
「やりましょう!」
「頼んだで!!!」
「ねぇ今日夜空いてる?」


夏子の同僚の優子。
年下の優子は、生粋の米子人だ。
美味しいお店を本当によく知っている。


最近彼氏の事で悩んでいるらしい。

直毅は、夜中まで図書館にマルコ達と篭って、冬休み直前のレポートを仕上げる予定だと言っていた。



「空いてるよ。一回家に帰らなあかんけど」
「何で?」
「猫にご飯あげなあかんからさ」


外に優子を待たせて、煮干しを混ぜたキャットフードをカナにあげて家を出た。


「角盤町行こうか」

角盤町は、朝日町の次に美味しい店が多い町だ。




席についてビールを頼んだ。

「どうしたん?」
「私の彼氏やねんけどさ」

「あの会社員の人?」
「そう…」

泣き始めた。

「どうしたんよ?」

「…借金だらけやってん」
「えーどれぐらい?」

「250万円」

「それぐらいやったら、なんとかなるんちゃうん?」
「違うねん。返す返すって言いながら、パチンコとか競馬とかで給料使ってしまうねん。来年結婚しようって言ってるのに」


夏子はタカシを思い出した。
あの男もそうだった。

ギャンブル狂

結婚するすると言いながら、現実味を感じさせなかった。

直毅もパチンコや競馬をするが、暇つぶしのような感じで、その為に生きているというような匂いはしない。



「給料を優子が管理したらあかんの?」
「前にそうしたら、勝手に新しくカード作っててん」
「病気やね」

「どうしたらいいんやろう」
「うーん」


直毅からメールが来た。
「お腹すいた」

どうやらもう終わったらしい。









夏子は、夏休みに机の上の『標準組織学総論』に挟んであった一枚の紙を見ていた。

「婚姻届」

こっそり自分の名前を書いて判を押しておいたのだ。

あの用紙を見つけてから、直毅の為に家事をする事が楽しくなっていた。









ビールを頼んだだけだったので、優子に聞いてみた。

「彼氏帰ってくるからさ。家に来ない?一緒に聞いて貰ったらダメ?」
「うん。いいよ」








家に帰ると、アンパンマンのパジャマを着た直毅がビールを飲んでいた。

『しまった…こんな事があるんなら、あげるんじゃなかった』


「ただいま。友達連れてきた」
「お帰りっ」

「あはは。夏子の彼氏可愛いね。こんばんは。優子です」
「夏子の友達?直毅です」



直毅の大好きな肉じゃがと、唐揚げを急いで作った。





・・・・・
「へぇーそうなんや」
「いっつも、なんとかなるって言うんです」

「『なんとかなる』っていう言葉は、なんとかなってる奴が言うからこそ意味があるんやろ。なんともなってない奴は『なんとかする』って言わなあかん。そういう奴は、多分時間が経っても変わらんで。よかったら、一つ年上の男紹介したろか?」











この冬、マルコに彼女が出来た。