こんにちは、ももも。です。
わたしは現在36歳。
こどもの時から20代半ばくらいまで、
「結婚・出産」は当然するものだと思っていました。
それは自分が今存在するということは、先祖はみんなそうしてきたからで
私たちも同じように家庭をもつのが普通だと思っていたからです。
でも今思うと、「結婚」に対する考え方として「一緒に暮らして一緒に子どもを育ててゆく」というイメージはできたけど
「好きな人に嫁いで、その人の子どもを産む」とは思ったことがなかった。
↑なんでこんなセリフ出てきたかというと、
まじで周りの女子や親やありふれた少女漫画によくあった言葉だからです。
なので20代半ばになって、具体的にどうすれば子ができるか想像したときに
どんな男性であっても、なんか気持ち悪いなとしか思えず
子育てはしてみたいけど、夫はいらないな、って思っていました。
その後、いろんな人と付き合ってみたり、性的接触もしてみたけれど
そのたびに「やっぱいらないな」という確認を繰り返していた(笑)
30前後は一番悩んだ時期で、
「いや、きっとできる。経験が少ないからびびってるだけ」と、積極的に動いた時もあるし
「性嫌悪?カエル化現象?レズビアン?」と、いろんなサイト見て混乱したし
「結婚に恋愛は必要ないよ、生活のため」と、割り切ろうともした。
そして極めつけに父から「結婚さえしてくれたら好きにしていい」と言われ
私の中の何かが壊れた。
実際、その時わたしは泣き叫んで怒っていた。
絶望的な言葉だと感じた。
そして今整理してその感情を言葉にすると
「結婚しない私は何一つ認められない存在だ」と突き付けられた気がしたんだと思う。
そりゃ私も「戸籍上は夫婦になるけれど、マンションの隣同士に住んで週一で報告会をし合って、困ったときは助け合い、楽しいときは共有し合う関係(性的接触はなし)」でいいんなら結婚するけども。
そもそもそんな相手って親友レベルやん。
お見合いとかでパッと出会えるわけないやん。
で、もしそんな人がいたとしても、これだと世間は「そんなの夫婦じゃない」って言ってくるんですよね。
相手の意志ももちろんのこと、親戚の理解も得られないと難しいですよね。
そもそも、わたしの条件なら、性別は男じゃなくてもいい。むしろ女の人の方が安心する。
適度な距離を保ちつつ、一緒にたのしく暮らして協力し合う…
この世知辛い時代に、共に生き抜くことを誓い合った戦友、みたいな感じがいい。
これが私の中では最上級の「愛」です。
一般的に言う、最も小さい共同体の定義が「家族」なら
わたしのイメージするものも「家族」で間違いないんだけどな。
性的接触と生殖活動を伴うかどうか、ってそれぞれに決めていいんじゃないのかな。
なんでそれ込みなのが前提なのかな。不思議で仕方ないよ。
これまで通り、それが普通の方には続けてもらったらいいし、
そうじゃない人はもっと生きやすくなるし、
救われる人だっていると思うんだけどな。
そういう考え方の人と、シェアハウスして生きていきたいよー!!!
(まじで検討中)