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岡崎文次について

岡崎文次とは・・・


1939年 東京帝国大学 物理学 科を卒業して富士写真フイルム に入った。レンズの設計を担当したが、光線の屈折を解析するために、専門の女子事務員が二人一組で対数 表を使用して紙と鉛筆で計算を行っていた。新しいレンズを設計するには1000本から2000本の光線の計算が必要とされ、手計算では100日以上を要したことから、専用の計算機を開発することを思い立った。1952年12月から製作にとりかかり、4年の歳月をかけ、1956年3月に岡崎のコンピュータFUJICは完成した。コンピュータは大きく分けると演算部、記憶部、制御部、入力部、出力部の5つに分けられる。このどれが欠けても実用にはならない。FUJIC製作に関してすばらしいところはこれらすべてを彼が一人で設計しているということだ。「FUJIC」は国産の実用化第1号とされる。こののち日本電気 に移り、さらにのち専修大学 経営学部情報管理学科教授となった。



FUJICとは・・・


FUJICは、当時国家プロジェクトが作ろうとしていた計算機と比べると、驚くほどに、実用的であった。
学問の為ではなく、研究の為に作るのでもない、レンズ計算をしたい為に作るのだという、岡崎文次さんの目的意識が非常に鮮明であったからである。


真空管 2極管 約500本、3極管 など約1200本

メインメモリ 水銀遅延管 、容量255word (1word=33bit)

入力装置 カードリーダ  

出力装置 :電動タイプライター  

動作周波数:30kHz。加算時間は0.1ms、乗算時間は1.6ms。

FUJICはストアドプログラム方式(プログラム内蔵方式 )で動作しており、プログラム は3アドレス 方式の機械語 パンチカード コーディング する。用意されている命令 は17種類であった。



感想


調べていて、日本のコンピュータ黎明期においてこれほど偉大な功績を残した人がネットワーク情報学部に携わっていた方であることがすごく誇らしく思った。

まだコンピュータについての情報が何もない時代においてFUJICの開発を、それも一人で行っていて、本当にすごいと思った。