「トレース・エレメンツー日豪の写真メディアにおける精神と記憶」展鑑賞資料
写真技術とアートの流れ
展覧会鑑賞を有意義なものにしていただくため
簡単に写真芸術の推移を、開発者やアーティストの名前とともに書きました。
この写真の歴史は、写真の意味の歴史でもあると考えられるのではないでしょうか・・
明日、トークにいらっしゃる方も、これから行かれる方も・・・
また、すでに訪れた方も、参考にしてくだされば幸いです。
Ⅰ 写真の誕生(19世紀半ばまで)
風景や動きの一瞬をとらえ凍結させることは、絵画が生まれたときから人々の憧れだったのではないか。
18世紀末から19世紀初めにかけての激しい開発競争により、写真技術発明者は一人ではない。
カメラの画像を記録することに成功したニエプスから、イギリスのタルボット、フランスのダゲールらに引
き継がれ、鮮明な画像や複写が可能となった。
この二人の開発方向は、丹念で精密な工芸的表現の一点制作であるフランスで開発されたダゲレオタイ
プと、ネガによる量産可能で工業的なイギリスのカロタイプという対照的な特徴をもつ。
また写真技術の発明の先駆者には、バヤールもかかわっていたが、ダゲレオタイプを発表したフランス
科学アカデミーに公表を妨害される、カロタイプやダゲレオタイプに比較して忘れ去られる技法となった。
1827年 画像を転写することに成功 ジョセフ・ニセフォール・ニエプス
1835年 鮮明な画像を現像 のちに定着に成功 ルイ・ジャック・マンデ・ダゲール
1840年 ネガからポジの量産 露光時間の短縮に成功 ウイリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット
1839年 直接陽画法を発明 世界で最初の写真展を開催 イポリット・バヤール
Ⅱ 写真と絵画の緊張期(19世紀後半)
写真による創作活動は、絵画の流行に影響されて発展した。
当時のヴィクトリア朝絵画(イギリス)やサロン絵画(フランス)の、物語性や寓話を重視した様式化、「絵
画主義的写真:ピクトリアリズム」へと向かっていた。
しかし、そのアンチテーゼとして「自立性自然主義的写真:ナチュラリズム」も誕生した。
一方、写真の正確な描写を生かした記録写真も発展した。
写真と絵画の金業関係は今も続いている考えられるが、この時代は絵画と異なる美意識、写真ならでは
の技術を生かした芸術性がファッション写真などにも芽生え始める
ヘンリー・ピーチ・ロビンソン==美の視点から合成画を制作する絵画主義
ピーター・ヘンリー・エマーソン==芸術写真(ロビンソン風)を否定したナチュラリズム
フェリックス・ペアト==異文化社会や戦争の記録写真
アウグスト・サンダー==視覚的ドキュメント
ジャン・ウジェーヌ・オーギュスト・アジェ==パリの記録写真
エドワード・スタイケン==絵画のモダニズム・ジャポニズムが影響(ファッション写真の第一人者)
Ⅲ 伝統的な価値からの脱却(20世紀前半)
本格的に写真がアートの手段となるのは、伝統的な絵画価値を否定する前衛芸術が登場するこの時期、
つまり、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時代である。
ダダイズム、ロシア構成主義、シュルレアリスム、バウハウスに至る芸術運動の中心的人物たちは、写真
家としても重要な作家として記憶される。
エル・リシッキー==ソビエトの新体制芸術と西欧前衛を連動させた人物 フォトモンタージュを開発
マン・レイ==シュルレアリズムの写真家
アレクサンドル・ミハイロヴィチ・ロトチェンコ==ロシア・アヴァンギャルド画家からの転身
ラズロ・モホリ・ナジ==バウハウスで写真教育に携わり、写真の機能と本質を理論だてた
アンドレ・ケルテス==写真の可能性を広げる手法の試み(名前が全面に露出した最初の写真家)
Ⅳ 社会的メッセージを発する写真(20世紀後半)
第二次世界大戦とその後の冷戦、植民地独立戦争、ベトナム戦争など、世界の社会問題はフォト・ジャー
ナリズムの発展を促した。つまり社会的メッセージを発するのは、写真家の仕事となったのである。
また取材する写真家だけでなく、社会の問題を露呈し文明批評を表現した写真も登場する。
ロバート・キャパ==前戦に身を置くジャーナリスト
アンリ・アルティエ・ブッソン==「決定的瞬間」の写真家
W.ユージン・スミス==被写体と自らが重なるような緊迫感 フォト・エッセイの絶頂を極めた人
ロバート・メイプルソープ==タブーを題材にしたスキャンダラスな作品と作家
Ⅴ アートを問う写真(20世紀後半~ )
写真芸術がその立場を確立しつつある中、アート全般に対し問題提起をする手段として写真を選ぶ作家
が登場する。
「オリジナル」とは何か、「真実・事実」とは何か、「アート」とは何か・・などを問う。
シェリー・レヴィーン==独自性とは何かを問うアプロプリエーションアート
シンディ・シャーマン==B級ハリウッド映画を風刺したセルフ・ポートレート
森村泰昌==名画の中に入り込み、描かれている人物に扮するセルフ・ポートレート
写真の流れを考えながら
こんな視線で「トレース・エレメンツ」展を鑑賞することもできます。
鑑賞ポイント1.一瞬を凍結し、写し取り、複写できる写真という技術の誕生。
その「喜び」「新しさ」が表現されている作品はありましたか?
鑑賞ポイント2.絵画と対立する立場におかれた写真。
絵画の流れを受け入れたり、写真独自の技術を生かした記録的作品はありましたか?
鑑賞ポイント3.それまでの伝統や格式を否定した前衛的な写真。
独特のテクニックを取り入れ、新しいアートを提示しようとしている作品はありましたか?
鑑賞ポイント4.社会問題や矛盾を提示する写真。
社会的メッセージを発信している作品はありましたか?
鑑賞ポイント5.アートのあり方を問う手段としての写真。
「オリジナル性」「真実・事実性」「アートの在り方」をテーマにした作品はありましたか?
それでは、明日お時間のある方はどうぞお出かけください