『1』
鍵を持つ手が定まらず、なかなか鍵穴に差さらない。
どーも今日はいつになく飲みすぎたようだ。
やっとの事で差し込み、鍵を捻るとマンションのオートロックのドアが開いた。
男は千鳥足になりながらエレベーターまで向かった。
「ちくしょう・・なんでオレが・・ヒック・・責任を取らなきゃいけないんだ・・ヒック
あいつが悪いんだ・・今までもあいつが・・・ヒック」
エレベーターの前に立つと表示は10階を示していた。
「あー・・オレはつくづく運のない男だ・・お前にまで見捨てられるのか・・ヒッ」
と、呟きながら↑のボタンを押した。
表示が光り9・・8・・7とゆっくり降りてくる。
男はエレベーター横の壁に体ごともたれ掛かって来るのを待った。
・・2・・1。
静かな音を立ててドアが開くと、もたれ掛かっていた体を滑り込ませるかの
ように中に入った。
勢いよく入ったせいで足が縺れ正面の壁にそのままぶつかってしまった。
「あーいたた・・・こりゃ飲みすぎだ・・・」
ドアが閉まり 『行き先ボタンを押してください』 と無機質な音声が流れる。
「はいはい、わかりましたよ・・ヒック・・・押せばいいでしょ、押せば」と男は
フラフラしながらボタンを押した。
エレベーターはゆっくりと上昇し始めた。
・・3・・4・・5・・・・・・・・・・・10
目的地に着きドアが開くと、男は一度「ふぅ~」と息をつき廊下に出た。
後ろでドアが閉まる音が聞こえ、
男が自分の家に向い歩き出した時、回りの景色に違和感があった。
「あ、あれ」男は思わず声を漏らした。
「ここ・・・1階だ・・・」
男は訳が分からなくなりながらも、
「あ~これは相当酔ってるな・・・10階押したつもりだったけど1階押してたのか・・
バカだなーオレは・・ははは」と笑いながら来た道を戻り再びエレベーターに
乗り込んだ。
そして今度はちゃんと確認をして10階を押した。
表示は2・・・3・・・4と上がっていき、窓からは廊下が上から下に向かっている事で
上昇しているのが分かる。
「もう、今日は帰ったらすぐ寝よう・・」大きな欠伸をしながら
「最近碌な事ないから疲れた。」と、力なくうな垂れた。
10階を示す表示が点くと 『ドアが開きます。ご注意ください』 と
やはり感情のない音声が男に語りかける。
「はいよー。どーもねー」と男は降りた。
その瞬間、男は驚愕した。
エレベーターを降りた正面の壁に『1』と貼られたプレートが見えたのだ。
「ば、バカな・・・そんなはずは・・・今、10階に・・・」酔いが一気に醒め、
血の気が引くのが自分でも分かった。
振り返ると、そこにはただ、今乗ってきたエレベーターが誰かが乗って来るの
を待っているだけだった。
男の左手奥には駐車場が見えることでもここが1階というのが認識できる。
「嘘だ・・こんな事があるはずがない。ならば最初に押したのも私は間違って
いなかったのか。くそー。どいつもこいつもオレを見下しやがって・・・」
冷静さを失った男に怒りが込み上げてきた。
「だったら階段はどうだ!絶対に間違いじゃ済まない筈だ!」と
ふらつく足を懸命に延ばし階段に向かった。
気持ちだけが先行して疲れた身体がなかなかついていかない。
それでも必死に階段を駆け上がり、男は息を切らしながら
壁に貼られたプレートを覗き込んだ・・・。
『1』
「うそだろ・・・」、頭がおかしくなりそうにながらも
夢なら醒めてくれ。と男はその場に崩れ落ちた。
それから何回も何階も昇ったがたどり着くのは同じ場所だった。
次第に恐怖が男を支配していく。
顔面蒼白状態の男は急いでその場を離れ、
無我夢中で走り出すと裏口のドアを勢いよく押し開け外に飛び出した・・・
翌朝。
マンションの周りには『立入禁止』と書かれた黄色いテープが巻かれ
パトカーや救急車が並んでいる。
何事かと、近隣の住民や通りかかった人で野次馬が出来ている。
目撃情報はないかと聞き込みをしている警察に
現場の資料を採取する鑑識。
状況を見ながら2人の刑事が話し合っていた。
「まず、自殺とみて間違いないでしょう」と、若い刑事が言った。
続けて、
「男性の勤務先にも確認を取ったのですが、最近は勤務態度も芳しくなく
営業成績も落ちていたようですし・・・社員からも鬱ではないかと
噂もあったようです」それとー・・・
「自宅の机の上にノートがあったのですが
そこに走り書きで『責任』『責任』『責任』と書き綴っていまして」と、言うと
「管理人からの証言は取れたのか?」とベテランの刑事は問いただした。
「はい。」若い刑事はメモ帳を広げ数枚捲ると、
「管理人はその時間帯は不在でして、監視カメラの方で状況証拠を
捉えてあります。」と言った。
2人は録画された映像を管理人室のTVモニターで確認する事にした。
そこには男が10階の非常口のドアを開け、
そのまま階段の手すりから地上に飛び込む映像が映し出されていた・・・。
「これは自殺ですよね・・」若い刑事が訊いた。
するとベテラン刑事は、
「う~む。まず間違いないと思うが気になる点が一つあるな。」
と、首を捻った。
「非常口から出ようとした際に振り向いた男性の顔が
何から逃げたいような恐怖に満ちた表情に見えるんだがな・・・」