はじめまして。ちなめです。
ブログを開設してから文字を書き始めるまでに相当時間がかかりました。
極端に面倒くさがりな性格なのです。
でもって、最近は割と落ち着いていました。
新学期が始まって忙しくしていたのと、趣味のゲームに没頭できていました。
やっぱり適度に忙しいことって重要で、暇な時間ほどいろいろ考えちゃいますよね。アルアル。
忙しすぎても体壊しちゃうけどね。
そういう意味でいえば、このブログの意味は「病んだときに助けを求める」ってところにあるので、いいことなのかもわかりません。笑
さてさて、
初めて書く記事…。なんか緊張するなあ。
今回は私のプロフィールをいろんな視点からシェアハピしたいと思います。
普段生きてるときにはなかなか見せられない部分の自分をここで晒け出したいので、自分が本質的にどういう人間なのかを知ってほしいなって思います。
どうしてもここから、自分主体の文になっちゃうと思います。
不幸自慢みたいになっちゃったら本当にごめんなさい。
そう感じられる方もいると思いますので、そういうのが苦手な方は今のうちにブラウザバックしてくださいね。
まずは家族構成とわたしについて。
母、姉、私の三人家族で、私が小学校低学年の時に両親が離婚しています。
私は昔から母に対して、一概に「こんな印象」って明言できないでいます。でもきっと苦手な存在です。
両親が離婚してから祖父、祖母と一緒に2世帯で都内の一軒家に住んでいたので、決して貧乏暮らしとかではありませんでした。
小学生の時には本当にいろんな習い事させてもらってたし、高校と大学は特待で入ったり奨学金借りたりといろいろしましたが、やっぱり学費は高い私立に行かせてもらえてたし、そこらへんは本当に感謝しています。
ただ、母は怒るとめちゃくちゃになります。
叱られたことってたぶんなくて、怒ってるなあって思ったことしかない気がする。怒ると言い合いの末に感情むき出しで大声をあげたり、力ずくで抑え込もうとしてきます。
私も一生懸命反抗してましたが、昔はよく「一旦出ていく」という手段をとって、自分も母も落ち着かせてました。今思えばこれで逃げる癖がついちゃったのかなぁ。
そして、沸点がわからないことも怖いところでした。なるべく怒らせないようにヒヤヒヤしながら生きていました。
何も悪いことはしてないはずなのですが、「なんか怒られたらどうしよう」と常に考えている子どもでした。笑
そして3つ上の姉は、私と違ってめちゃくちゃ勉強ができる人です。
有名な公立の高校、有名な国立の大学を卒業し、今はなんか知らんパソコンカタカタしながら仕事しています。なにしてんのかはマジで知らん。(適当)
そのおかげで私がずっと私立行かせてもらってるんですよね。これも本当にありがたいことです。
でも姉もまた、かなり神経質で沸点がわからない人です。
3コ違いなので受験期が被ったのですが、「ただいまー」と普通に家に帰ってきたとき、すっごい剣幕で「うるさい!」と怒られたことがあります。きっと能天気にみえて腹が立ったんでしょうね…。
それ以来姉が家にいるときは静か~に帰るようにしてます。笑
あとは、姉とは隣の部屋なのですが、鼻をすすったら壁をドンドンされます。今でも部屋で音は立てられません。
そんな感じです。
そして肝心な私は、こんな家族構成だったのでそれはまぁ家ではビックリビクビク、コソコソと生きてきました。
その代わり、小学校中学年あたりから中学卒業あたりまではちょっと荒れてる友達と仲良くしてたりしてました。
その子は小学校からの幼馴染で、Aちゃんとしますね。
(ちなみに私が非行に走ったことは全くありません。)
とくに小、中学は私の周りの人たちはなぜが本当にいい人たちばかりでした。
知らない世界をいろいろ教えてくれる友達がいろんな界隈にいて、しかもみんな仲良くしていました。わかりやすく言うと、美術部の子とAちゃんが仲いい感じ。
Aちゃんは特に、私が家に帰りたくないのを察してくれてたんじゃないかなあと思います。遅すぎず、帰ってもギリギリ心配されない時間まで一緒にいてくれました。本当に助かったなあ。
Aちゃんとは今でもたまに会う仲で、閉鎖病棟に入院した時も、唯一散歩に連れ出してくれました。
ただ母からみたら、Aちゃんって問題児そのもので、私とその子がつるんでいることが不安だったみたいでした。
よく「あんまり関わっちゃダメ」と言われたのを覚えていますし、私も「もうつるまないよ」と言ってました。
家で荒波立てる方が人生に悪影響って本能で感じてたんだと思います。
そんなこんなで、なるべくいろんな子と浅く仲良く~って関係を築いて、家では「今日こんな子とこんな事したよ」と説明できるようにしてました。そんな説明したことないけど。笑
で、放課後にはAちゃんににお化粧を教えてもらったりしてました。
これが中学までの私。
高校は女子高に進学しました。
学校の内申点は高くなかったのですが、模擬試験でなぜか点数取れるタイプだったので、偏差値で特待やら優遇が取れる私立高校を探して行った感じです。
お小遣いがもらえたわけではなくて、毎年のお年玉でうまくやりくりをしなくてはいけませんでした。
ただ高2あたりからやっぱりお金が欲しくなったので、学校と家族に黙ってこっそりと居酒屋でバイトを始めました。
居酒屋なのにめちゃくちゃ忙しい20時上がりとかにしてもらって。バイトしてるなんて悟られないように早く帰らなくちゃいけなかったのでね。ありがたい話だなぁ…。
今考えればすごい話ですよね。よくバレなかったな笑
そして友達に関してもまた恵まれてて、とくに問題もありませんでした。
私は大学進学の時に地元を離れ、しかも忙しくなってしまったので、そのタイミングでほとんどの人と疎遠になってしまいましたけど…。
まぁとにかく、何事も黙ってやるようなガキでした。
隠さなきゃいいのに、なんでも隠そうとする癖がついてるんですよね。
きっといまでもコソコソ何かしてたり、干渉が本当に苦手な癖というか性格が今でもあるのは母とか姉に気を遣いすぎてるせいかなって思ってしまっています。
いやぁもちろん、母とか姉とかを私のビビりな性格にこじつけて愚痴ってるだけじゃんって感じでもありますけどね。笑
でも一つだけ言えるのは、高校までは自分のことがまだ好きでした。
外での自分に自信をもっていたんです。
書いた通り、人間関係にも困ったことが無かったし、いろんなことをすんなりこなせるタイプの人間だと思ってたからです。
でも大学に進学してから、ぜーんぶ、ひっくり返りました。
こんなつらつら書いといて、大学入学後の話もまた長くなっちゃいそうなので記事分けます。
読んでくれてるもの好きの方がいらっしゃったら、気長に続きを待っててくれると嬉しいです。
またね。