切ないくらいに日々確実な手法が落ちてくる

だから私は天才になろうと思う

 

のっけからクレージー

ウケ狙いなら

ファンキーって言えばいいのかな?

 

どっちでもいい

 

そうそう天才の話

 

トレードの結果で

3でかなり勝ちだとする

5で大勝ちって感じ?

そこを私は、1.2でやめる

そうすると何が起こるか・・・・・・

 

勝率がべらぼうに上がる

本日はあえて勝率は書かない

だって天才レベルだから(笑)

 

勝ちは取れる

でも、勝率はそうそう取れない

 

天才レベルの勝率がやけに切ない

どうしてだろう?

不思議な感覚

 

勝率を取れば何が起こるか・・・

福祉にそれを落とせる(教えることが出来る)

 

これは凄いことじゃない?

 

まあ、ここに書いちゃってるけど

完全成功の兆しが見えたら

その名誉を誰かにあげようという楽しみが出来た

 

だ、れ、に、し、よ、う、か、な?

 

 

あ、

お友達が先日の記事の件で

「誤解されないか?」と心配してくれたので

ちょっと補足しようと思う

 

今の学校の表彰方式って全く知らないんだけど

昔は、町長とかの なんとなく で

選ばれることが多くて

その作品のちゃんとした実績って確かじゃなかった

そんなんでいいわけない!

 

なんとなく で選ばれていいのは

大人になってからでいいのでは?

と思う

 

習字教室に通っている子や

絵画教室に通っている子

そういう子の方が基礎は絶対にしっかりしている

学生時代はそういう子供にしっかり報うべきだと思う

 

確かに上手に書こうと思わず

ノリノリで台風と書いた私の習字には

欲もなく勢いもあったんだろうと思う

でも、習字ってそうじゃねーだろ?

って話だ

 

私が表彰された絵画の一つを挙げると

サクラを描けってことだったんだけど

私はサクラを書くのが面倒だったから

あろうことか木の根っこから描いていった

その方が楽だから

 

そしたらやがて時間が足りなくなって

しかも、根っこから木を描いているから

画用紙には桜を充分に書くスペースもなくなっていって

焦った私は

微妙なスペースに時間内でサクラを必死で散らした

「あー、なんとか出来た!!」

たったこれだけのことが

〇〇新聞社賞とかいうやつ

実質全国のトップテンに確実に入っている程の賞

 

理由としては  構図が素晴らしい 

だったように思う

 

運も大事?

 

そんなの大人になってからでいい

 

子供のうちは

天才以外は

面倒くさがらずにきちんと書いた絵を選べ!

それが大人の務めだと思う

感性と偶然を見極めろって思う

 

そうすれば、強く、楽しく生きていける子供が

とても増えると思う

世の中も少し違うと思うけどな

 

弱者は確実に減ると思う

 

習字を習っている→だから、賞に選ばれる

子供はそうでいいのでは?

 

 

「大人はそうはいかないんだけど」ね

って大人に向かえば良いのでは?

と思うわけです

 

 

さて、本日も天才に向けての努力をしよう~

(↑天才ではないって話だが www)

 

 

読んでいただき感謝です

ありがとうございます!

 

本日は先程まで、つまりほぼ午前中

トレードのオンラインセミナー

 

いやあ、勉強になるなあ

講座に入って本当に良かった

 

たぶん、トレードは私に合っている

なぜならば、勝とうとする気持ちが元々少ないから

 

勿論、トレード初心者なので

当初は 勝とう! とか 数字出すぞ! と思うことは

ステップとして必要だけど

私自身は基本、勝つという思考がない

 

これは色々な要素が必然のようにまとっていて

それぞれの場面に本当に感謝したい

 

要素の一つが 育ち

 

私は現在においても親に認められることはない育ちだ

前にも書いたけれど

「あなたが元気で幸せならいいの」などと

特に母親に言われたことなどない

現在においても「芽の出ない人間だね、ったく」と

けなされる

 

これによって

目標を立てないと

なんで生きていかないといけないのか

わからなくなってしまって

私は子供の頃から

その目標に向かって歩くことが当たり前になった

 

ただ、これは偶然なんだけれど

その目的の掲げ方が

実に勝ちにいかない感じだった

 

ある時の目標

・1日最低4時間は勉強する

 

当時は目標だと思っていたけれど

これは完全に日課だ(笑)

ちなみに真面目な私は

6時間は勉強していたと思う

 

ある時の目標(小学6年生くらい)

・毎月〇日は頑張るデーにして

何でも頑張る!

 

がんばるで~(笑)

 

そう、どうしてだか

マラソン大会で20位に入る!

とか

算数のテストで100点とる!

っていう目標の掲げ方をしなかった

 

でも、これがトレードに幸いしている

 

そして、以前違うブログに

違う言葉で書いたんだけど

表彰や入賞などへの冷めた価値観も

一つの要素だ

 

親からは何一つ褒められないけれど

文科省が決めたものに対しては

かなり優秀であったことは確か

各お勉強もそうだけど

書道、絵画、工作、自由研究、あと何だ?

そういうものに関しても

勝手に選ばれて、役にも立たない賞状っていうのを

本当にたくさんもらった

 

そもそも自信のない私は最初

「なんで私?」と思っていて

そのうち、とにかく表彰が当たり前になって

めんどくさかったのか

ついには

「なぜ、あなたにジャッジされないといけないの?」

と、冷めて&拒否るようにもなっていった

でも、その頃の直感は合っていたらしく

私は今、絵も書道も工作も相当人より劣る

 

一度、印象的な入賞があって

たぶん、それがきっかけだと思う

 

友人達にはよく話す

私の周辺では有名な話なんだけど

もう市長か町長か知事かも忘れてしまったんだけど

そのくらい入賞していて

書初めでそういう賞に選ばれて

町長室みたいなのに来いということで

校長先生といっしょにそこに行ったんだけど

市長だか、町長だか、知事?

そういう人が当然

 

「素晴らしい!!」とか何とか言うんだけど

 

子供ながらに 「この人バカじゃないの?」

って思った

 

何故ならば、その書初めに書いた文字は

台風  という二文字だっから

当時、台風という文字にハマっていて

書きやすくて

とにかく、習字は台風と決めていて

たぶん、半年くらい台風ばっか書いていて

それで多少は上手いかもしれないけれど

年始の表彰に

台風の書初めを大きな賞で選ぶなんて

「相当バカだなこのジジイ。ワビサビとかないんだわ」

とかしか思っていなくて

その件で、急激に表彰嫌いになった

 

おまけ的に言うが

やはり母親は

「書初めに台風とかバカじゃないの!!」と

私をめっちゃ貶していたが

近所とかでは

「お宅のお子さんは入賞されました~?

ウチの子はまたまた町長賞で~」とか

くそウザイことをしていたらしい

 

ちなみにうちの母親は表彰されたことなどなく

そして、たくさんの私の賞状など一枚も飾ったことがないのに

自分がパートで務めていた会社から指示された

通信教育の終了証を 会社からの表彰状 だと言い張って

高価な額に入れて

リビングに飾っていたというクズっぷり(笑)

 

おまけはともかく

人生は何が幸いするかわからない

っていうか

本当にそういう風に出来ているのかもしれない

 

今朝のセミナーで学んだこと

【勝とうとすると負ける】

ホント、そうだと思う

何でもそうだ、生活でもそう

 

人より勝っている生活 とか思って

人を見下した時点で

完全に負けだし

負けに気がついていないと相当みじめだし

 

で、ちょっとテーマが違うんだけど

 

神社のテーマで生きていると

違う時に  違うよ  と落としてくれることも

セミナーで学んだ

ホントそう!

ホントそう!

ホントそう!

説得力あるわぁ

 

宇宙なのか、神なのか

そういう法則に沿って

因、つまり、ただ努力を積み重ねると

違うという時には

絶対に「違う!」を

教えてくれる

 

でも、重い(頭でっかち、欲深い)と

それに気が付かなくて本当に損をする

と実感しているから思う

 

すぐにイラっとする人って

せっかく神様がくださった生きるエネルギーを

欲や感情にのみ消費しているらしい

それってちゃんとした人間ではなく

ニアリー人間では?

人間は基本、三次元って言われているけど

3に足りなくて

2,8とかじゃないのかなあ?

 

せめて私は3でいたいもんだね

 

とか思った本日の午前中

 

では、本日も

頑張るで~!(^_-)

 

 

読んでいただき感謝です

ありがとうございます!

 

今日、体がやけに重い

何かが重い・・・

新月前だから?

本当にスピ体質になってきたのかもね

 

それは置いといて

 

私は笑うことが好きで

笑わせることが好きで

パートナーはいつも笑っている人で

それは波動を高めるらしくて良いことらしい

 

だから私は余程 疑問が沸く人以外には

話題を楽しい化して話す

それはたぶん

身についている

 

知らず知らずのうちに

人の波動を上げてきたなんて

良かった良かった

と思うんだけど

 

近日、それが出来なかった人がいて

とても残念に思った

何故、それが出来なかったか・・・

 

その人は怒ることが好きだから

とにかくとにかく

小さなことでも怒っていた

 

でも、私は怒っていることに

実はしっかり気が付いていなかった

 

長き友人から

「まーた文句言いが配置されてますやん!

それ宿命でっせ」

と指摘されて

 

だ、誰の事?ってなって

ようやく気が付いた

 

その人は確かにいつも怒っていた

 

初めての海外旅行の土産話でさえも

身内の機内食がどうのこうのでムカついた とか

みんなで何かすることにムカついたとかで

「キャプテンみたいに気をつかわない人と行かないと

プリプリしちゃうよね」

とムカついたことがお土産だった

 

怒りが私に向くのも

時間の問題だった

 

年中無休のお怒りモード

 

下がりに下がる行く波動

浮かぶ 感謝苦:カンシャクという言葉

 

ある意味、救えなかった自分という存在

 

でも、私はその人に対して

終始一貫、笑わそうとしてきたことも事実

笑わせてきたことも事実

その人の怒りには勝てなかったけど

そこは褒めとこうと思ってさ

 

あざ笑うことはダメだけど

笑うことは良いことらしいので

私はこれからも

楽しい化をしていくのさ

 

 

読んでいただき感謝です

ありがとうございます!

 

 

 

 

 

 

 

 

大統領選なので

トレード中止中

なので少し時間がある

 

今朝は取引業者の前田さんと

「わかんないっすよね~」と

大統領選についてひとしきり盛り上がる

 

新仙台駅前ビルアメ横エリアが

今月からグローバル化するとのこと

なんだか今工事をしておいでだ

ま、良いことだ

具体的には

ベトナムの人が開店する

ベトナム食品店という

マニアックなお店なんだけども

閉店が相次ぐ世の中で

パワーあるなあと感心

 

よし、そのパワーのおこぼれもらおう!

ん?若干、ヨコシマ~

 

たまには良いか

真面目過ぎる日々 と

時に自分に優しく^^

 

お知らせした方にはお知らせしたんだけど

現在、私はおそらくステップアップの真っ最中

なので

よく言われる引き戻し現象みたいなものに

とても遭遇する

 

引き戻される方が楽だったりもするので

しんどいことも多々

 

これはビジネスレクチャーでもあったことなんだけど

「頑張らなくてもいいのよ」と

親が居場所を作ってしまうことも

一種の引き戻し現象

そこで、その居場所にいることにすると

可能性は完全消滅する

しかし、人によってケースバイケースなので

注意も必要

 

ただ個人的に思うのは

アンガーマネジメントの世界と

引き戻しは近いのかな?と

 

ムカつくことがある、とする

そこに同調してくれる人がいる

その同調は、ほぼ引き戻し

だいたいそういう場合は

それを繰り返すから

「ねぇ聞いて聞いて」仲間とかかな?

人生良くしたければ

そういう循環からは逃げた方が〇かと

個人的に思う

怒るたびに波動も下がるしね

 

引き戻し現象は

検索すると色々出てくるので

私自身のことだけに触れると

 

工賃向上の為にトレードをしているのだけれど

書いてきているように

勝率はかなり優秀

でも、なんか違和感がある

この違和感がおそらく引き戻しサイン

 

そのままその方法でやってもいいんだけど

なんだか、違和感があって相談する

「工賃の将来の為にはそのやり方はダメだ!」

私も確かにそう思ったので

それに従う

 

新しい方法を探す

それがとても苦しい作業になる

そして、その方法を見つける

それを自分のものにする作業も

とてつもなく苦しい

前のやり方に戻りたいと思う

やはり引き戻し現象

 

面白いもので

自分のものにした瞬間に

大統領選で

「休みなさい」となる

 

これは私にはよくあること

 

通常は帰宅しても

チャートをつけていて

その世界に慣れようと

寝るまでやっている

 

けれど特に昨日などは

夜にチャートを開く予定はなく

「今日はお休み気分だな」と

一人で思っていると

パートナーから

「ごめん!言うの忘れてた!今日、残業だ!

残業食出るから晩御飯いらない!」

 

ほらね、休みなさい  が

重なる

 

これは本当に私に起こる不思議

 

でも不思議が起こる分

「私がやんなきゃ なんだな、やっぱり」

という重さもやってくる

 

その重さがイヤなのではなくて

自信がない性格の私は

「出来ないんじゃないか」の方へも

引き戻される

 

引き戻されない為の策を

今、見えない何かがとっているようで

人々の顔を浮かべて

引き戻されない方へ行きなさい!

って声がするように自己ジャッジしているけれども

 

合っているのかしら~?

(↑やっぱ自信ない (笑)

 

ま、合っていると思ってやらないと

進めないので

 

合っていることにしよう!

 

やっぱ真面目だな私

めんどくさっ(笑)

 

 

 

読んでいただき感謝です

ありがとうございます!

今日は、私の中でキーポイントな日になる

 

取引先の大川さんに

たいへん申し訳ないことをしてしまって

でも、そういうの

申し訳ないからこそ

「申し訳ないから、こうしました!」

っていうサプライズ的な穴埋めっていうか

そういうことをしたくて

色々画策してきたんだけど

それが可能か可能でないかがわかるのが

今日あたり・・・・・・

 

と読んでいる方がわからないことを

つらつら書いても仕方ないので

ちょっと自分のことを少し

 

最近、このブログを読んでくださる方が

少しずつ増えてきて

法人名とか

そして

頑張るぞ!とかいう内容とかから

ちょっと誤解されたくないことがあって

書いておこうと

 

私は清廉潔白な人間ではないと

自己判断するし

そうも思っていない

 

この思考の原因の一つは

いわゆる 親に植え付けられた劣等感

 

色々なモノで

「その劣等感から解放されなさい!」

ってあり

最近の教育では

自己肯定感を育む ってあるけれど

本来の私がずっと自己肯定感を育み続けてきたら

とんでもないことになったと思う

 

確かにウチの親は

特に母親など完全なる毒母で

私は母親の都合のいいツールでしかなく

「あなたが元気で幸せならいいの」

などと言われたことも思われたこともなく

いつも

「芽の出ない役に立たない人間だ!」

と卑下されてきている

 

そ、過去形ではない

 

ただ、かなりな早い段階で

たぶん、小学校1年生くらい?

「この人(母親)の言うことは逆なのではないか?

信じてはいけないのではないか?」

という疑いを持ったので

対応策もとってきたけれど

それでも、劣等感は植え付けられていて

すべてにおいて自信がないから

努力をする

 

ただ、対人などは努力が難しいから

平身低頭であるか

「私なんかが話しかけたら不愉快かも」

っと構えたり、壁をつくることが多いので

人見知り体制になってしまう

 

あ、ここで

リアルの私をご存知な方にちょっと補足

 

私のプレゼンや提案作業をご存知の方は

人見知りに見えないと思う

何故なら、プレゼンなどは

十分な裏打ちや経験から発しているので

なんていうんだろう

一種のパフォーマンスなので

それは、仕事中の私で

本来の私と少し違う

 

なので、誤解を与えたくない相手には必ず

「ごめんなさい、私、プレゼン口調の時は

饒舌ですけど

会話になると急にテンションダウンみたいになって

なんか気分を害してしまうかもしれないですけど

プレゼン口調がちょっと違う感じなので

よろしくです」

と前置きする

 

ということで

テーマ、私の劣等感

 

この劣等感、悪いものでもないなあと

最近、思うわけで

例えば

「私、人から好かれる性格なの!!!」

なんていう 「は?」 みたいなことも

死んでも思わないわけで

よって

いきなり人を見下す とかいう

カッコ悪いことにも、つながらない

 

劣等感によって努力もする

 

劣等感により

「自分が天才!」などと思うこともない

 

そういう劣等感を持った上で

25歳くらいまで

家庭環境で苦労して

26歳くらいから社会環境でそこそこ苦労した

苦労自慢?

そんなアホなことではなく

今思うと、劣等感に守られたんだなあと

 

そんな清廉潔白ではない私が

今、常に思うこと

 

「澄みたい、澄みたい」

こればかり

 

おそらくは、トレーダー脳になってきたせいで

 

「澄まなきゃ勝てない」と思っているんだと思う

 

あ、そうだ

大流行の 鬼滅の刃 も

コンプレックスつまり、劣等感がテーマっていう話も

あるらしい

 

キャスト全員に闇かコンプレックスがあるって

なかなかない設定で

ヒーロー感と努力感と

闇とコンプレックスが人の心に響くのかなあ

とか、思ったりもした

 

ということで

私にとっては劣等感上等!

 

 

さ、大川さんの為になれるように

作業に戻ろう

 

 

 

読んでいただき感謝です

ありがとうございます!