家族のカレンダー、6月27日の欄に「母さんに会いに行く」{会社休む}
次男が書き込んだ内容。
最初は意味が解らなかった
けど、すぐに理解した。
「次男と真理ちゃんの結婚記念日だ!」理解した途端涙が溢れた。
真理ちゃんは今年4月に天国へ旅経った。
三年半前に乳がんの告知を受けて、2度の手術と3度の抗がん剤治療の末、5年生と3年生の娘、息子を残して…
真理ちゃんは、次男より13才年上で、私とは11才違い。
ブラジルの日本人学校で働いていて、帰国して次男と知り合って結婚した。
どこまでも自然体な人で、病気も「病気だから不幸な訳じゃない」と受け入れて、病気と闘うとかではないけど、でも治療は頑張ります!
常に前向き。真理ちゃんを心配し過ぎる私の体調を心配して「私の体よりお母さんの体が心配です」といつも言ってくれていた。
自分が居なくなったあとの事もしっかり考えていて、子供達にご飯を炊かせたり、お風呂を掃除させたり、遺影も去年の内に撮っていて、亡くなった後は、大学病院の献体に登録済み、何から何までしっかりと現実と向き合っていた。
でもまさか、まだ時間はあるって、本人も私達も思っていたのに…
肺炎が悪化して…
次男が担当医から、「あと一週間」と告知された時も、「自分の知らない所で話をされるのは嫌」と言っていた真理ちゃんの気持ちを汲んで、皆で悩み話し合いをして、担当医と次男と真理ちゃんのお兄さんで、真理ちゃんに告知…
告知する次男もお兄さんも、告知される真理ちゃんも、どれだけ辛い時間だったかと
でも真理ちゃんは、「告知してくれてよかった」と。
そんな極限の中でも「お母さんの体は大丈夫ですか」と。
私が忙しくて今日はお見舞いいけなくてゴメンね。とメールをすると「大丈夫です、心はここに居てくれてますから」
とにかく愛情深く思いやり溢れる真理ちゃんが私は大好きだった。
子供達もお母さん大好きで、いつもくっついて甘えていた。
そんな真理ちゃんが急に居なくなってしまって3ヶ月半…
真理ちゃんの笑顔や言葉やいつも頭の中ぐるぐる回って、昼間は忙しさで紛れていても、夜、一人で湯船に浸かっていると涙が溢れて泣いてしまう。
もう1度真理ちゃんに会いたい!
でも子供達はもっともっと会いたいはず。
それをガマンして気丈に毎日生活している姿をみると、私がめそめそ泣いてられないな、と。
去年の6月27日、「今日は十回目の結婚記念日です。みんなで食事にきています!」真理ちゃんから、メールがきた。
結婚後毎年、結婚記念日には同様のメールをくれていた。
今年の今日は…、真理ちゃんからメールが来ない。
今日、次男は会社の休みを取り、子供達は学校を休んで、「母さんに会いに行く」
真理ちゃんの選んだ献体は、医師を目指す学生達の解剖に使われる。
学生達の勉強に貢献した真理ちゃんは、2年か3年後に、お骨になって家族の元に帰ってくるそう。
だから、今はまだ体そのままの真理ちゃんが何処かに居て…
もちろん会うことは出来ないけど、、次男と子供達は、母さんの居る所の傍に「会いに」。
きっと真理ちゃんも待っているんだと。「あら、あなた達来てくれたのね」と優しく微笑んで、そしてきっと涙を流している、そんな真理ちゃんの姿が私にははっきり見えるようです。