一体、なんでメダルに嚙みつくのやら

小田凱人に見直しの先陣を切ってほしい

 

パリ五輪の金銀銅メダル

 

 パラリンピックの男子車いすテニスで劇的な金メダルを決めた直後、小田凱人はラケットを放り投げると自ら車いすの片側の車輪を外し、いすもろともひっくり返ってローランギャロスのクレー(赤土)コートの上に大の字になった。

 

 車いすの車輪を外すという動作こそ滅多に見ることのないものではあったが、その喜びの表現はストレートに胸に飛び込んできた。

 

パリパラリンピックの金銀銅メダル

 

 どうぞこのまま…文句なしのパラリンピック「マイMVP」に秘かに願ったことは、この後で見事に裏切られた。贈られた金メダルをカメラに向かってガブリ。小田凱人よ、お前もか。

 

 いったい、いつごろからこの「メダルかじり」が当たり前になったのだろう。調べてみると最初にこのパフォーマンスを演じたのは1988年ソウル五輪の競泳男子200㍍自由形で優勝したD・J・アームストロング(豪)だと言われている。

 日本選手では1996年アトランタ五輪の男子柔道金メダリスト、中村兼三が皮切り。その後、カメラマンも当たり前に注文するポーズになり、ほとんどのメダリストがメダルを口に運ぶポーズをとるようになった。

 

 メダルを獲得した喜びの表現は競技それぞれ、選手それぞれ。飛び回る、転げ回る、何をしてもそれは観る者の心に入って来る。

 ところがこのメダルをかじるという行為が、その喜びの表現のひとつだとはどうしても思えない。メダルをカメラに向けて掲げ、満点の笑顔を見せるポーズの方がよほど素直で自然ではないか。

 

 一時、日本のプロ野球の試合後のインタビューで、猫も杓子も「最高で~す」と絶叫するというパフォーマンスが流行ったことがあった。

 最初に「最高で~す」と絶叫したのは、確か現役時代の巨人・阿部監督だった。そのフレーズはタイミングも絶妙で大いに受けた。

 

 ところがそれに続いたのは、あちらでもこちらでも生の言葉を聞きたいファンの気持ちも無視、思慮も配慮もない「最高で~す」の繰り返し。

 ある阪神タイガースの人気選手など、インタビューの間、何を聞かれても「最高で~す」しか答えず、へらへら笑っていた。

 

 さすがにファンからの苦情が集中するようになり、マスコミも批判へと掌を返した。その後、阪神ではインタビューでの「最高で~す」に禁止令を出したらしい。

 

 弱冠18歳のヒーローが何も悪いわけではない。オリンピック、パラリンピック、ほとんどのメダリストがこのメダルガブリをやっているのだから。ただ、今となっては小田凱人の注目度は別物のレベルになった。

 ありきたりの無意味なパフォーマンスにこだわる必要など何もない。新たな小田流で、観るものの心をつかんでほしい。