以前トム・クルーズ主演で作られたこの映画。ワルキューレ。

 

 

 

 

1944年に実際にドイツで起こった「ヒトラー暗殺未遂事件」を基にした映画です。

 

現実でも、映画でも、ヒトラーの暗殺は失敗し、暗殺計画者は処刑されるのですが、果たしてこの計画が成功していて、ヒトラーが暗殺されていたらどうだったでしょう?

暗殺計画者達は、ドイツを救った英雄として歴史に名を残したのでしょうか?

 

ヒトラーという稀代の悪人であるからこそ、彼を暗殺した人間が評価されるという側面があるのかもしれません。

 

ここからが、思考の遊びになってきますが、

 

仮に、ヒトラーが幼少の時に、誰かに殺されていたら、どうだったでしょう?その殺人犯は、世界を破滅から救った、ユダヤ人を大量虐殺から救った英雄として称賛されるでしょうか?

そうはなりませんね。幼児殺しの人でなしの殺人犯として極刑に処されるでしょう。

 

その人間がとてつもなく悪辣なことをやっているから、排除されても評価する人が現れるのです。これは、結果論ですよね。

しかし、現実にはその人間がどのようなことをやるかわかりません。いいことをやるか、悪いことをやるか、わかりません。

 

又、立場が変われば評価も変わる、時代が変われば評価も変わる。そういった側面もあります。

 

例えば、明治時代に、伊藤博文を暗殺した安重根。彼に対する評価は日本と朝鮮半島では大きく違いますね。

 

井伊直弼を暗殺した浪人達への評価は、事件当時と明治期、そして現代では違いますね。

 

暴力によって、権力者の命を絶ち、その政治力を奪うというのが、暗殺という行為です。弱者の側が一気に形成を逆転できる方法でもあります。その為、古来より多用されてきました。

 

しかしながら、暗殺というのは、例えどんな悪辣な権力者に対してであっても、用いるべきではない方法であると私は思います。

 

状況というのは、今、事が起きているその時に感じる状況と、数十年、数百年経って歴史的事実となった時では、見え方も変われば、評価も変わります。

 

全てにおいて、どのようになるのか、事が起きている時点では、可能性に満ち溢れた状態です。

しかし、暗殺という理不尽な死は、その大いなる歴史的可能性を消すことになります。と、同時に往々にして、起きえなかった歴史的事実を新たに作り出すきっかけとなったりもします。

 

そういった点から考えても、暗殺というのは、どういう相手に対してであっても、決して褒められた行為ではないと、私は考えます。