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それは、30年くらい前のある日のことだった。当時の僕は極真会館(松井館長派)本部直轄岩手道場に席を置かせてもらっていた。
突然鳴りだした電話に、何故かしら?不愉快な気持ちになりながらも出てみると、
「俺だ、俺。」などと偉そうな言葉を言われた、
「あぁ狐崎先輩。」と答えると、
「『あぁ』って、なんだよ」、と、どこまでも偉そうな態度。続けて、「お前、斉藤真ってわかるよな、斉藤真なんかと付き合わない方が良いぞ。」と言いはじめた。
↓↓↓大修会館のホームページより

さて…、
電話をかけてきたのは狐崎一彦といい、かつて極真の東孝先生が極真を脱退して東北を中心に起ち上げた大道塾という空手道団体の、岩手県支部長。
僕も以前は極真の東先生から空手を学んだ時期があり、その頃は狐崎一彦の後輩だった。さらにその流れで東先生が大道塾設立後もそのまま大道塾の一員だった時期もある。
斉藤真さん(故人)は、かつては狐崎一彦の弟子であったのが大道塾を脱退して、
「日本空手格斗術連盟 格闘道場 大修會館総本部」
という団体を作った人で、大道塾の中では僕の後輩にあたった。
↓↓↓大修会館のホームページより

当たり前の話だが、弟子は師の真似をする。
東孝先生が極真を脱退して大道塾を起ち上げなのなら、
その弟子たちも、大道塾を脱退してそれぞれ自分たちの道場を立ち上げる。大道塾をやめて自分の流派を立ち上げた高弟たちは たくさんいた。
斉藤真さんも大道塾を脱退し、大修會館を起ち上げた。
↓↓↓大修会館のホームページより

ところが、いつまでたってもウジウジ恨み続けているのが、斉藤真さんを自分の支部から直接脱退させてしまった、狐崎一彦である。
自分の元を離れた人間が、キチンと弟子たちを集められ、道場としての体(てい)を成すことが出来ていることが、悔しくて悔しくて堪らない。
↓↓↓大修会館のホームページより

しかも、狐崎一彦は、
①大道塾は、「元極真」という肩書があること。
②大道塾は極真の基礎がしっかりあることを大前提の上に、さらにボクシングと柔道の技を加えてること。
③世間には公表されていない極真や大山倍達総裁の、極秘話や裏話のマイナス話を、自分は東孝先生から聞いて知っているということ。
以上の①②③を弟子集めの材料していた(これは裏を返せば、極真のネームバリューを巧みに利用していたことである)が、
ところが斉藤真さんは、大修會館を立ち上げて直ぐに、極真会館(松井館長派)本部直轄岩手道場と友好関係になってしまった為、
そうなってしまうと大道塾の狐崎一彦は、
「極真と繋がりを持つ、ボクシングと柔道の技術も学べる空手道場」
と言う大宣伝文句が、完全に被ってしまう。
それどころか「極真と繋がりを持つ」と言う部分においては、すっかり霞んでしまう。
↓↓↓大修会館のホームページより

30年くらい前といえば、大道塾が極真を別れて24〜25年は経つている頃で、大修會館が、「今現在の極真の道場と交流がある」と宣伝すれば、弟子集めの強い材料となり、犬も喰わない男の嫉妬で、狐崎一彦は神経質にキーキー騒ぎ出すのだろう。
当然、この電話の件は本部直轄岩手道場の黒田都士責任者に報告をすると、
「言いたいことがあるなら、俺に言って来い。」
と、狐崎一彦に大激怒していた。
その通りである。相手の団体に何か言いたいことがあれば、責任者に対し正面から堂々と話を持っていくべきであり、責任者でない人間に脇からコソコソ話をすべきじゃない。
僕の印象では常にコソコソ動いていて、正々堂々という生き方が出来ていない、というのがずっと一貫した狐崎一彦の存在感である。
ところで…、
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