身体という神  もう一人のわたし
      〜癌が消えた話〜

私たちの心を誰よりも深く感じ取り、理解し、そして常に寄り添ってくれているのは、この身体です。

癌や腫瘍は、弱いところに、はじめ、それはその場所を護る為にできます。
例えば、私の場合、日常の中で消化したいことが増えすぎて、自分でも気付かない我慢も含め色々なものを溜め込んでしまった為に、腸に現れました。そして、腫瘍が大きくなり、今度は大腸が、腫瘍のできたその腸を、まるで庇うかの様に呑み込みはじめ、腸重積という症状で緊急入院しました。
重なった腸は壊死していて当然のところでしたが、大腸が巨大に膨れ上がり、飲み込んだ大腸も、飲み込まれた腸も、どちらも血が通い生きていました。
身体が、もうこれ以上は無理!というところで、絶妙なタイミングで発覚し緊急入院となり、人生が大きく変わることになったのです。

人生の改善の時を迎えると、状況が身体の機能と同じところに問題としてあらわれることがあります。

胆(きも)が冷えたとか、身が縮む想いとはよく言ったもので、怖い思いをすると臓器は縮み上がり、悲しい時にはぎゅ〜っと捩れるんです。心を一番わかってくれて反応してくれるのがこの身体です。

身体の不調は、本当は誰でも自分で治せるのですが、あまりにも放置したり、弱っていたりすると、医療のサポートを必要とすることもあり、いつもは倒れるまで病院に行かないこの私も、病院で命を助けて貰ったことは事実、、江戸時代でしたら何回も死んでます、、

身体に不調が起きた時は、その場所に意識を合わせると、その理由と、状況がわかります。どうしたいかもわかります。

理由がわかったその時には、自分の本当の想いがわかり、負担をかけた身体にごめんなさいと、ありがとうの想いで溢れます。そして、これからどう生きたら良いかが見えてきます。
その時、、
身体に起きた問題は、跡形もなく消えてしまうのです、、

私の場合、癌が消えたのが、はたして一瞬だったのか、三日だったのか、一週間だったのか、それはわかりませんが、癌であると告げられてから一週間後の手術の時には、癌細胞は全て消えており、そればかりか、胆嚢にあった石(昨年は胆嚢炎で緊急入院)までが消えていました、、更に、、胆嚢炎の手術をした傷跡までが、癌が消えた同時期に、僅か数日で跡形もなく消えてしまったのです、、

…  しかし、たまたま私の場合は色々と消えましたが、これは非常にデリケートな問題で、消えたから良いということでもなく、威張れることでもなく、それでも病気や問題が消えない場合は沢山あります。それは、何か別の理由、今回の命の理由がある場合です。ですので、私の体験を書いて良いものかと大変迷いました。癌を消したことではなく、この体験を通して私の想いは別のところにあります。この身体という神について、奇跡というものについて、書きたいと思いました、、( 奇跡については、この後にまた書かせて下さい。)


昔、何かの本?でしょうか、印象に残るお話を読みました。

死んだ男性が人生を振り返りながら、隣に神様がいて話しています。(あ、作り話です。)
男性が上空から人生を振り返ってみると、二人分の足跡があることに気づきました。
「神様、私の人生の足跡に、もう一人(二人分)の足跡がありますが、誰の足跡でしょうか」
神様「あれは、お前と一緒に歩いてきた私の足跡だよ。」
感激した男性は、しかし、自分の一番苦しかった時代の足跡を見ると、一人分の足跡しかないことに気づき、神様に抗議しました。
「神様!私が一番苦しかった時に、何故あなたは私と一緒にいて下さらなかったのですか!なぜ私を一人にしたのですか!私があんなに辛く苦しかった時に!一番あなたを必要としていた時に!何故私を一人にしたのですか!」

すると神様は言いました。

「あの足跡は、苦しいお前を抱いて歩いた 私の足跡なのだよ。」


…… たしかこんなお話でした。


身体はまさに この神の存在です。