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SNSでのW杯談義は程々に

今,サッカーW杯の真っただ中である.

まだラモスが日本の10番を付けていた頃(いわゆるドーハの悲劇の頃)から何となく見始め,1998年,日本が初めてW杯に出場したあたりから結構見るようになったという,ありがちな経歴のサッカーファンである.

「ありがちな」と書いたけれど,周りを見てみると,日本代表以外の試合を見ようというくらいのサッカーファンはW杯出場が5大会目となった今でもそんなに多くないようだ.それどころか,日本代表の試合(しかもW杯の!)すら「結果は知っている」という程度の人が少なくない.

それを認識しないまま,TwitterやFacebookでW杯ネタを何本か書こうものなら「W杯なんて興味ねえよ!」というような雰囲気を何となく感じさせるポストがご近所に出現したりする.なるほど,サッカー談義をするのはココじゃないんだな,と.

TwitterやFacebookも他人に多少なりとも気を遣うことになるコミュニティ.フェードアウト気味になる人がいるのもうなづける.いいこともあるのだけどね.

我が子を生き残らせたいなら

大学に入ってくる学生を見て思う.


彼らの親やそれまでの学校の教員たちは何をしてきたんだろう.ちゃんと叱咤激励して彼らが世を生き残れるように努めました?努めたというなら,その調子でやっていって我が子・教え子は生き残れそう?


もちろん,健康な若者がすぐさま野垂れ死にするってことは少なくとも今の日本では可能性は少ないだろう.何かに食われて死ぬということもまずない.


でもね.


自分がどうしたいかよりも周りに合わせることばかり考え,どこへ行くのもゾロゾロゾロ,言われたことを何の咀嚼もせずそのままやろうとし,やらずに困るのは自分なのに言われなければ何もやらない.意見を聞かれてもグニャグニャするばかりで回答なし.シャイなのではなく,意見自体がない.考えてない.ちょっと困難な場面になるとすぐ固まって助け待ち,自力で解決しようともがくこともなくしゃがんでるだけ.


社会に出るって,自分の力でやって行くってことだ.やって行く,とは,例えば勤め人ならしかるべき戦力を提供し対価として給料を貰い生活し,起こる困難に基本的に自力で対応し,誰のせいでもない自分の責任で考え判断し行動することだ.


これを一般的には大学卒業後にやらなくてはいけない.


でもそのための力を大学在学中の4年間で急に身に付けようっていうの?


生まれて以来,その年代その年代で身に付けるべきことってあると思う.それを後回し後回しにしていても,しわ寄せが後ろの年代に来るだけだ.社会に出たら誤魔化し誤魔化しはやっていけない.自分に収入をもたらしてくれる会社や顧客は,誰にでもお金を払いたいわけではないのだ.支払い金額に見合うアウトプットが感じられなければ払いたくないのだ.


何だかイマドキは,我が子や教え子にプレッシャーをかけないようにやさしくやさしく接するのがポピュラーなようだが,そんな調子で大学に来て「さあ4年後に戦える力を」なんて期待しても,それは無理難題というものだ.大学側はタテマエとして「無理」とは決して言わないけどね.


だいたい過保護だ.甘やかし過ぎ.まず親がそう.


学校が親以上に生徒に厳しく鍛えるのは難しい.本当は親が何を言ってこようと教育者として毅然として跳ねつければいいのだが,今のご時勢,全員就学,全員進学,教えてもらってアタリマエ,ウチの子が悪いわけない,ヨソの子より劣ってるわけがない,という雰囲気が渦巻いていて,それでも気概を持てる学校ってあまりない.特に生徒を選べない大多数の学校ではまず無理.親が甘やかし主義や過保護だとどうしようもない.モンスターペアレントものさばるわけだ.


やっぱり社会人以前のあらゆるステージで競争がないと腐る.甘やかされ続けて戦闘力を付けなくても進んでこれちゃうんだから.



どんな世界でも競争ですよ.何らかの競争に勝つから生きていけるわけ.だから,競争に勝てなくてもやっていける世界でぬくぬくと学生時代を過ごして社会に出ようというときになって競争力なんてあるわけない.


敗者復活のチャンスは社会システムとしてあった方がよい.けれど,その場その場で勝ち負けはハッキリさせるべきだ.勝ち負けや優劣を誤魔化し続ける仕組みは世を腐らせる.勝って生き残るための力を付けようとしなくても済んじゃうんだもの.



全員主役のお遊戯会は腐った世の典型的なモデルだと思う.

未婚30代半ばの考え休むに似たり

未婚者と既婚者とどちらが大変か.


どちらが大変かという判断は正直自分には難しい.結婚したことがないからだ.多少の想像はできる.見聞きした話はある.けれど自分自身に経験がないのだから浅い分析しかできないに違いない.分析してつべこべと言ったところで既婚者(&結婚経験者)は鼻先で笑うだろう.


結婚生活が大変でデメリットの方が多いなら結婚制度なんでとっくに崩壊しているだろう.いや,結婚年齢が上がり,30代や40代の未婚率が上がりつつある傾向を見れば,結婚制度が崩壊しつつあると言えなくもないけれど,それでも結婚して子供を作ってという人生を歩む人が大多数であるのだから,そういう人生を送るのがよい送りたいと多くの人は考えているのだろう.自分だってそう考えている.


30代も半ばになって未婚であることは何かと都合が悪く何かと苦しい.気楽ではある.しかし気楽に生きていることは自分勝手に生きていることでもあり,何か世の中で果たすべき役割を果たしていない感じは抜けない.世の既婚者たちも未婚者をそう見ているところがきっと少なからずあるだろう.大した間柄でもないのに「結婚しないの?」と,まるで「朝起きて顔洗わないの?」みたいな調子で簡単に言うのも未婚者を軽くみてる証拠だと思う.


とりあえず親の期待には反していることは自覚している.親のためにその気もないまま無理やり結婚する気は毛頭ないしそんな結婚をしたところで自分はおろか相手も万が一できた子供もそして自分の親も結局不幸になるだろう.でも親に孫の顔を見せたいと思っているし,親の老いを見るにその思いは強くなる.


世をひとりで生きていくのは砦をひとりで守る感じだ.砦をふたり,あるいはそれ以上で守っている他の人々と伍していかなくてはいけない.それがときにしんどい.親兄弟は自分の味方であって自分はひとりではないのだが,自分も30代半ば.親兄弟と同じ砦を守るのは卒業すべきだろう.自分で新たに砦を構え一緒に守ってくれる人を得たい.自分はそう考える.


・・なんてつべこべ言ってるから結婚できないんだよと既婚者は言うのだろう.