ゆったリッチな毎日をつくる
投資と資産のアドバイザー福井あゆみです。
こちらの記事につづいて、
この記事は、気持ちを整理するため、
記録に残すための自分のための日記です。
亡き祖父には、
孫と曾孫が13人います。
その中で、
わたしは一番可愛がられていたし、
わたしもおじいちゃんが大好きだった。
おばあちゃんも両親も好きだけれど
大好きか・・・
と言われると、祖父への気持ちにはかなわない。
先日、祖父がなくなる前に
ふとそのことを考えることがあって
理由を考えてみたら、
答えは、
「無条件で愛してくれる。認めてくれるから」
だった。
そう、
「⚪︎⚪︎だから(あゆみが)好き」
が祖父にはない。
幼いころから、その大きな腕が
唯一わたしが安心できる場所だったのに、
社会人になってからは
「仕事が忙しいから」
と顔を見せにいくのは、年一回だった。
耳が遠くなってきたから、と
電話の代わりに送っていたハガキは
全部残してあるのを見つけて
それを整理しながら見つけたときは、
何とも言えない気持ちになった。
一言日記をつけるほど、
祖父は几帳面。
誰にでも優しく、そしておおらか。
なんでも「よかよか(いいよ、いいよ)」と
言ってくれる。
身内にも他人にも。
皆口をそろえて
「よっちゃんばーしゃんは、
優しかったもんね」と言う。
※祖父の名前:よしはる=よっちゃん
※ばーしゃん=お兄ちゃんの意
そして、悪口や批判、
不平不満を口にしているのを
見たことがない。
怒った顔も見たことがない。
昔の人にしては、
体格がよくて、背の高い人だった。
そして贔屓目にみても男前だった。
病気をしても入院しても
おじいちゃんが「死ぬ」なんて
思ってなかったし、
「もう高齢だし、いつかは・・・」
と分かっていながら、
「とは言ってもまだ先(なはず)」と
根拠のない自信を持っていた。
今は会えない寂しさと同じく、
頻繁に会いにいかなかったことを
後悔している。
毎日会っていたわけでなはいから
《心に穴がぽっかり》
ではないけれど、
ふとした瞬間、
たとえば歩きながら空を見上げた時に、
「おじいちゃんが死んじゃった」
と認めると、悲しみがあふれてくる。
来月法要で帰るときには、
また違った気持ちになれているかな。
これから向こうでゆっくりとできるよう
祈っておこう。