よく「自由と平等」という言葉を耳にしたり、「自由と平等」は我々が描く理想とイメージしがちです。
ところが実際には「自由」と「平等」の両立ほど、難しいことはないのです。職業の選択など国民一人一人が自由に行動すれば、サラリーマン、自営業、医者、弁護士、スポーツ選手などと「平等」とは正反対に、必ず「格差」が生じます。職業選択に限らず、一人一人の自由に行動する内容が違うと収入の量や幸せを実感できる場面やその回数に差が生じて「格差社会」となるのは極自然なことです。「自由な社会」は実は「格差社会」の裏返しなのです。
一人一人が同じマニュアルに沿って行動すれば、「平等」な社会は実現しますが、それでは一人一人が自分の意思で行動できる「自由」が失われます。
「格差」と「平等」の如く、「自由」と「平等」は対義語(反対言葉)の関係です。
その格差を不満に思い、「平等」になる「権利」を主張したり、「平等」になる「権利」を主張したくなる人間の心理につけ込んだりする方々が多いのも、世の中をおかしくしている大きな要因となっています。
エジプト、リビア、ウクライナなどで起きた「民主化」という名の混乱も、格差が生じる「自由」な社会に対して、「平等」になる「権利」を主張したくなる人間の心理につけ込んだものに違いありません。
そこで本題に入りますが、欧米諸国も含めて、世界の多くの国と地域が「自由で平等な社会」の実現に至らずに壁にぶち当たっていると、最近よく耳にします。自由と平等は対義語なので大いにあり得ることだと思いますが、その中でも古来「自由と平等とのバランスが取れた社会」が存在し続けている地域があります。その地域とは一体何処でしょうか?
その答えは「日本」です。
その理由を説明しますと、先日の記事でも取り上げましたが、日本の本質(日本社会の現在地・今の立ち位置)は、2000年以上前から現在でも生き続けている「天壌無窮の詔」です。
《天壌無窮の詔の意味》
◯働くのは社長も含めた上司や同僚など特定の人の為(奴隷状態)ではなく、自分達や世の中全体を豊かにするためである。
◯自然の恵みや、周りの人達への感謝と大切に思う心を持ち続けることが、自分達の発展や、持続可能な社会に繋がって行く。
そもそも「天壌無窮の詔」の発せられた目的は自分達の家(天皇家)の発展のためである。古来天皇家は、天皇家による支配ではなく、国民全員による役割分担によって、天壌無窮(持続可能)な社会にする手段を容認し続けました。その役割分担は大きく分けて「天皇に代わって政治を実行する者」と「生産的な活動をする者」の2つです。
政治を行ったり、生産的な活動をしたりする手段は手段は国民一人一人の自由です。但し政治を実行するのに相応しくない判断された時には、ライバルに蹴落とされたり、生産的な活動をする者達に引きずり下ろされる厳しさも存在していました。その厳しさも含めて、やはり自由の裏側にある格差も存在し続けています。
古来我々日本人は、その格差を「天壌無窮の詔」の意味を成す「自然の恵みや、周りの人達への感謝と大切に思う心」やその心を基にした「和を重視した考え方」「礼儀正しさ」などによって受け入れ続けています。
それらの日本人の格差の受け入れ方こそが、自由と平等のバランスの取れた社会にする大切な知恵なのではないでしょうか。
ところが、近年の日本でもよく「格差社会」をマイナスに囚われてしまうのは、他人よりも自分、他人よりもお金や名誉で、それらのためには他人を蹴落としたり締め付けたりしても良いというような、古来の西洋や中国など大陸の一般的な考え方が、日本にも蔓延してる影響によるものではないかと思います。
今世界は全体的に、分断や内乱や多くの人達から利益や財産を搾取する独裁政治などによって、自由と平等との両立は行き詰まっています。表向きは自由と平等の社会であろう欧米諸国ももちろん例外ではありません。古来自由と平等のバランスを上手く取れて来た日本でも自由と平等とのバランスが崩れてしまう不安もなきにしもあらずです。
近い将来、その行き詰まりを克服した繁栄が望まれたり求められたりする世界の多くの地域では(先程述べたような)古来日本社会で多くの日本人達によって培われた、自由と平等のバランスの取れた社会にする知恵が、ますます重要視されるのではないでしょうか。
食糧問題の情報を目や耳にすることもあるかと思いますが、実際には、食糧問題どころか、世界の穀物の生産量は順調に伸びており20世紀半ばで約10億トンであったのが、今世紀に入ってその倍の20億トンを超えて、今日では30億トンに迫る勢いである。それらの食糧の分配を地球全体で工夫を重ねることも、豊かな自然からの恵みを、豊富な食糧に置き換えることによって、自由と平等のバランスの取れた社会にする知恵を活かせる可能性が高くなります。
ここ最近の記事でも取り上げているように、国際主義者達の影響力が日本にも拡大している事によって、世の中がおかしくなっていると思えます。その国際主義者達による波に呑まれないためにも、我々日本人は古来大切にされ続けている「天壌無窮の詔」とそこから見出された「自由と平等のバランスの取れた社会」を意識した言動を一つ一つ積み上げて行くことが大切です。
国際主義者達には「天壌無窮の詔」とそこから見出された「自由と平等のバランスの取れた社会」が良いと、ガンジーみたいに非暴力で闘うことを含めて訴えて行きましょう。