もうすぐ、母が亡くなって49日。

先日、お墓に納骨に行って

その後、少し遺品整理してきました



家で夜中、トイレに行く途中で転倒して

骨折してから、緊急入院〜リハビリ病院〜施設への入所と



家に帰ることもなかったので、

そのままの状態だったのを

兄夫婦が少し片付けしてくれてましたが

それでも、まだまだたくさんありました。








母は、どちらかと言うと

几帳面な方(?)だったと思います




色々とメモを残していたり、

何にお金を使ったなどのメモ(出納帳みたいなもの)があったり…



それでわかったのは、

少ない年金で、高額商品を買っていたり…



そして、そこで出会った人たちと

バス旅行に行ったりして楽しそうな写真が

たくさん出てきました。







私は、母と仲が悪かったわけじゃないけど

ずっと自分の心の探究をしてきて



自分の幼少期の頃から振り返ったり

そこで、父や母の事も振り返るように…



特に近年は、母との事を振り返る時期が

多かったんですよね



そして、今、思うのは



母は、寂しかったのかな…と。







私の実家は自営業

亡父はギャンブル依存、借金、ギャンブル…



借金取りに追われる生活の中

母は、ずぅーっと働きっぱなし



私たち(兄2人)子どもは大きくなり

結婚し、孫が生まれ

その孫も大きくなり



少しずつ、母が自由に使えるお金も

できたのかな…

訪問着などの着物を作ったり、

磁気ネックレスやそれに類似するもの

(宝石や布団や磁気サポーター等など)

を購入していたり…



高額商品を信販会社を通して購入していて、少ない年金で払い続けていました。



部屋には、そこで購入した色々なものが

ありました。

そして、そこの会社のイベントやバス旅行で

行ったところの写真も。



母の中で、たぶん自分でも

気づいてなかったと思うけど



母は、寂しかったんだろうなぁ〜

と思いました。







これは、母が創り出した現実


だけと、それを観ている私の今の現実は
コレもまた、私が創り出した現実


だからこそ、この辛いと感じる現実の中から
プラスの面を見出したい


私は、何を感じ

私の今の現実からみえる
価値(信念?)はどこにあるのか?

私は、これからの人生を
どう創り出していくのか?
創りたいのか?


私自身、50歳を過ぎても
あまり【死】を意識してなかったんだけど

今回、母の突然の死から
(私からすると突然の死だった)

いろいろと向き合うことになりました。




陰の中にも陽があり

陽の中にも陰がある



写真をみると懐かしさもあるし、

寂しく感じる時もあるけど

受けとめます





九星気学で本質を紐解き

“できない自分”ではなく

“そのままの自分”を受け入れる

 

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石井悠記子