家族のマルスとのお別れから今日で一年。
ときどきあの日のように
思いっきり泣いてしまうこともあるけど
冷静に向き合えるように
時間を掛けてなることができた。
他の人がしたら私はドン引きするだろう。
普通に送り出すこともできた。
自分でさえも
いざとなったらマイナスな事も考えた。
もうすぐ5才だったマルちゃんは
まだ抱っこしてあげたいとゆう私の
気持ちを優先して剥製として戻ってきた。
段ボールに入って
“荷物”として戻ってきたとき
表現のしようのない悲しみと現実が
私を責めた。
もっと長生きできたんじゃないか…と
箱を開けて
マルスと対面した時
もう一度触れあうことができた。
そして当然の如く涙と嗚咽が止まらなかった。
剥製になったマルスは
どうしてもそのままでは無くなっていた。
こんなにここは大きくないのにとか
当然温もりもなければ触り心地も変わって
剥製である傷跡も当然あってマルスは
マルスであってマルスじゃなくなっていたね。
だけどそのことが
私を現実に向き合わせてくれた。
もうマルちゃんは居ないんだな…と。
私が一人の時に
まるちゃんは時々抱っこします。
背中から見ると
頭の後ろなんかはマルスそのまま。
今は撫でるだけにしてます。
一年後にはちゃんと
送り出してあげる為に選らんでしたこと。
もう少ししたらちゃんとお別れするつもりです。
人には人にあったお別れがあるとゆうこと。
私は後悔しませんでした。
私を出会った時から
支えてくれたマルスへ
たくさんありがとう。
