私もうダメだわ
子供の頃からなるって決めてたくらいなりたかったのに
小学生の頃から歌手になりたかった
中学生からシンガーソングライターになりたかった
作詞はノートに貯めた
高校からギターを始めて部活のライブに出まくった
ギターは得意で誰にも負けなかった
私を囲んで聴きながら笑顔なみんなの顔が嬉しくて忘れられない。
作曲も少し始めた。
お母さんへの歌と書こうと作詞したがそれは曲がまだついていない。
読んだ先生にお母さん喜ぶよと言われて泣いた
シンガーソングライターを目指すために音楽専門学校へ行った
高い学費だがバイトをするし、スタッフ系の授業もとれデビューできなかったときには就職をということで入学した
バイトの面接に専門学生という理由で落ち続け心が折れ結局バイトをしなかった
学費は奨学金で
財布は誕生日にもらうお金を一年かけて使っていた
そのためお金もなくライブへ出ることもライブへ行くこともできなかった
自信満々だった高校時代に比べ
専門学校では
実力派の同期との違いや
いろんな大人の言葉に
現実を見せられて
自信がなくなって何もできなかった
どんどん小学生の頃の内気で引っ込み思案の性格へ戻り
授業でもあまり前に出ず
たまーに見かねた先生にいわれて学校のライブに出たくらい
やればできる子なのにどうしてやらないの?と言われて泣いた
やればできるという言葉が嬉しかったのと
なぜやらないのか自分にもわからないけどどうしても足が進まないのと。
友達と2人でライブに出た時
居酒屋さんの人にうちの店で歌ってみないかと言われた
私は行きたかったけど友達が乗り気じゃなくて流れた
作詞作曲もしていた
コードから作ったものはまだいけた
メロディーから作るとコードがつけれない
合うコードがわからなかった
メロディーが浮かぶことも多くコードにつまづいて未完成のまま中途半端なのが多い
活動がもっとすごい子がいた
作った曲も3ケタでライブをしまくっていた子
自信満々に歌っていてライブハウスにもたくさん出ていて憧れた
卒業する前に先生にはその子より君の作る曲の方がいい
覚えやすくて好きと言われた
ギターもうまいしと。
とても嬉しかった。
最後のライブにはお母さんも見に来た。
初めて自分で作った曲をステージで披露した
みんな聴いてくれた
お母さんがビデオを撮りながら楽しそうな私を見て嬉しそうに笑顔だったのを見て歌いながら泣きそうになったのは秘密
あの記憶は今も鮮明にある
もっと若いうちにたくさんやればよかったなあ
遊びより夢にお金をかければよかったなあ
教えてもらったのに
何度聴いても私の頭じゃわからなくて
それじゃ到底ダメだと言われて
怖くて不安な現実から逃げたくて
試しもせずに
1番やるべき時にそれまで以上に心閉じた
それでも試してみればよかった
センスあったはずなのに。
作る曲はわりと好きだった、
自分の声はあまり好きではなかったけど。
音楽を楽しめなくなって
辛くなって一度離れてみようと
ギターを置いて働きだした
ライブに出るならと時間の作れるバイトで
せやけど口車に乗せられていらんとこにお金を使ってしまって
お金がないを言い訳に
チャンスがあったのにまた何もしなかった。
ライブに声をかけられたが遠くて交通費がとバイトが被ってと言った。
心に経験もほとんどなくて
ペンを持っても何も出てこなかった
メモはしていたけれど。
でも作った曲でオーディションとかたくさん出してみればよかった。
学校でオーディション担当の人たちに直接売り込みできたからそれで目に止まらなかったら落ちたということと思っていたけど、
あれはアドバイスの場所でもあるので
今思うとあれ抜けばオーディションに応募したこともない。
あまりにもお金が少ないためバイトを辞めて
次見つからず1か月家にいた
お金もなくてお母さんに借りていた。
この時自分は生きてる意味あるのかと
生きない方がお金もかからないし
いない方がいいんじゃないかと。
お母さんお父さんが私と弟が寝た後に
給料が安くてお金がなくて家もアパートの狭い部屋で2人の学費もなくて子供のためやろって大ゲンカしていたのを私は聞こえていたので布団の中で泣いていたのを思い出す。
家が狭いから引っ越したいと言いまくって泣かせたことも1度だけある。
生きたくなさすぎて
死んだ方が楽だろうけど死にたくなくて
死が怖くて
でも楽になるために、思ってないけど口だけで
死にたいって試しに言ってみたら
楽になったのと同時にものすごく悲しくて
涙が止まらなかった。
夜な夜な1人泣いたり
外を散歩しながら泣いたりしていた。
そんなとき一曲の歌に救われて
生きてていいんだ、と思った。
私もこんな曲を作りたいと思った。
母に借金はまずいので慌てて探しとりあえず
安定した仕事に変えて
収入を得た代わりに
毎日が退屈すぎて
嫌々過ごして1日1日があっという間だった。
バイトの方が楽しかったし
充実した日々を送りたくて
借りたお金返したらやめようと
始めのうちは働いた
そしたら病気になって
その後お金のためにまた働いた
初めての有給が嬉しくて
吸収のためにライブに行きまくった
繁忙期が終わればやめようと
転職を本気で考えた
そんな時に人員不足でまさかの異動
繁忙期のためだから期待してるから頑張って
と言われて
やめれなくなって
そのくせ頑張ってと言った人が繁忙期前にやめ
ますます繁忙期までやめれなくなった
とりあえずを続けていたら
半年くらいの感覚で2年が終わってた
毎日ロボットみたいで苦痛だった日々から
やっと解放される
やめると言っても声もかけられない職場
思い出もなくこの仕事に就いてた2年はムダだったと思った
その途端悲しくなって泣きたくて仕方なかった
パソコンの前で何度も涙が出てきた
選んだのは自分
ずっと頭には音楽のことしかなかった
歌詞をメモったりメロディーをメモったり
なかなか形にならず人前には出せなかった
いろんな音楽を聴いて学生の頃より耳がよくなった
いろんな楽器の音を聴くようになったから。
音楽のテレビ番組を見て勉強して
話が理解できるのでさらに楽しくて
やっぱり音楽が大好きだと思った。
1番好きな曲がコードが未完成だったのが
5年経ってやっと完成した
するとまた音楽がやりたくなった。
やっと今形にできたのに
もう若くない歳になってしまってた
私の時間は22くらいで止まったままだった
時間の大切さを失ってから気づいて
そろそろ音楽を目指すことをやめなきゃいけないと思うと
諦めるほど何も努力してないし
諦めるほどのことをしていないからきっぱりできず
悔しくて後悔しかなくてとてつもなく嫌だった
音楽以外に好きなことがないし
でもギターを離れてても生きていられたから
自分が何をしたいのか
何も見えなくなって
空っぽになった。
せっかく生まれた人生
せっかくやりたい夢があるのに
やればできると教わったのに
何もしなかった自分に
胃が痛くなった
せめて
音楽に関わる仕事をしたいと思った
でも仕事をやめるなら次を見つけてからと言われて
もう急いで見つけてしまっていた
すぐ転職先が見つからなかったらと思うと
そこで働くことにしてしまった
満期があるのでどうせ転職先を探さなきゃいけない
そのときまでに音楽に関わる仕事を探そうと思った
そしてふと今後悔しかない自分の人生を振り返って1週間ほど毎日泣いている
勝手に涙が出てくる
うちは貧乏だ。
なのに専門学校へ入れてくれた。
学費は奨学金で今自分で返しているので
なぜこんなにお金がないのか話し合っていたら
私の高校の学費の奨学金も今払ってるらしい
ばあちゃんには専門学校に入れるから中途半端にふらふらしてるとお母さんが怒られるらしい
知らなかった
奨学金の保証人もおばちゃんになってもらうよう頼んでくれた、嫌と言われても。
それでも専門学校に入れてくれた。
なのに何もできていない。
自分で払ってるから自分が後悔しなければいいと思っていたけど
たくさん迷惑や苦労をかけていた。
お母さんは私のこと何もわかってないと思っていた。
音楽をやることも
反対はしなかったが
ギターを弾くとうるさいと文句をいつも言われてたから
どこかでバカにしたら嫌に思ったりしてるのかと
言うと呆れられるのかと
相談も何もできず
本当の夢も言えずやりたいことも話せず
いつも隠れながらやっていた
ばあちゃんおばちゃんお母さんと仕事の話をしていて
コンサートを作る仕事がしたいと言った
おばちゃんに正直にもともと音楽でやりたかったと言うと
音楽で食べていくのはムリやと言われた
だからコンサートを作る仕事を学校に行って探してという結論になった
するとお母さんは
あんたも歌をYouTubeにあげたらいいねん、誰か見てくれるかもしれへんやん
と言った
私の1番やりたいことを今だに引きずってるのをわかっていた
隠してたのに
それに驚いて
嬉しくて
期待してくれてたんだと思った
そういえば前に
トイレの神様みたいに一発当たればいいのに
って笑って言われたの思い出した
きっとやりたいこと全てを話しても笑わなかったろう、やればいいも言っただろう、なんであの頃は笑われると思って隠してたのだろう、きっと応援してくれたのに
また後悔した
有名になってお金持ちになって
お母さんを楽させてあげようと思っていたのに
自分のお金もギリギリなくらいの安い収入で
何もしてあげられない
親不孝を3Dプリントしたみたいなやつ。
ごめん。
そう思って涙が止まらなかった。
いつも文句ばっか言って怒ってケンカしてひどいこと言って
恥ずかしくて感謝も伝えられず
何もしてあげれず
ひどい娘だと思う。
だから私は今更ながら最後に
今まで作った曲を葬り去るのはもったいないからYouTubeにあげることにした。
作った曲だけではピッチなどが不安なのでカバーもあげる。