今日は無謀にもリブログです
しかもギターにまつわるお話し
ハワイ在住のプロギタリストであり農園経営やコンドミニアム賃貸の経営もされてるなかじーさん
彼のブログは視点が独特です
私なんぞが長年気づくことが叶わなかった視座に立たれている方ですので長年フォローさせていただいてます
今回リブログさせていただいたのが私に非常にに刺さった
多分このブログが刺さった人(刺さる人)はとても多いと思う
彼は言います
「ギターを弾いててもプロになれる人は極端に少ない」
これはギター初心者の夢を否定したいわけではなく
趣味人口と到達者の差は異常に大きいという事実認識なんです
そしてそこに絶対条件として存在しているのが「時間の投下量」だと
これはよくある根性論ではなくて「本当に好きなことであるなら一日の三分の一くらいはあっという間に溶ける」ということ
つまり努力したから偉いとかいう倫理的な問題ではなくて「熱量に支配されている状態にあるかどうか」が才能というものの有無を表しているのだ、と
普通ギターの才能というのは
・手が大きい
・耳がいい
・リズム感がある
というような「性能」として語られがちなんです
しかし彼のブログでは「好き過ぎて異常な時間を注ぎ込めること」
それ自体が才能なんだという視点
つまりは「努力出来る人が偉い」ではなく、『努力せずにいられない状態になれる人」が才能ある人間なんだということ
これはかなり本質的な話で実際には才能ある人ほど頑張ってる感が薄い
本人からすればやりたいからやってるだけで気づいたら時間が溶けてる
そういう人が突出していくのはギターだけではないと私は思う
私がまだ新卒で社会に出たてのころはバブル崩壊前であり世の中はイケイケどんどんだったが仕事を12時間こなすなんて当たり前だった
その時テレビで流れていたCMのキャッチコピーが「24時間戦えますか?」だったのだから12時間なぞ自慢にもならんという世の中だったわけです
実感として定時きっかりに帰宅しているサラリーマンは負け組であったしいわば負け組でもあった
問題は熱量こそ才能のバロメーターであるという定義はおそらく多くの人の実感と一致するのだということ
そしてギター界隈ではそうした意見は貴重だということが問題なのだろう
なぜならギター界隈というのはしばしば
・ヴィンテージ所有
・高額機材
・ブランド信仰
・ギターの蘊蓄
・音楽評論
に流れやすいしそれがマウントの根拠になりやすい
レパートリーを100曲増やせばいいという結論も最終的には「いいから弾け」しか言ってない
このシンプルな結論はあまり見ない
日本は特にそうだと言えるがギターの上達とは再現力の追求である側面が異様に強いからだ
故に
・正しい弾き方
・正しいギター選定
・正しい機材選定
を前提とする再現性の高さが常に同調圧力として働く
100曲を一年でマスターすることと再現が難しい曲、数曲を何十年も取り組むことを比べたら難易度としては前者の方が楽そうだ
しかしそれをやり抜く熱量を考えるとよほどの思いがないと実現は不可能かもしれない
期限を切らずにダラダラと何十年もかけてギターヒーローが四十年も五十年も前にやったことを再現する方が難しいことに見えて実は楽なのかもしれない
私は彼のブログからそんなことを感じた