5年ほど前にこのブログで連載した小説の再掲載です。
以前掲載したときの2話分ずつをまとめて掲載してみます。 

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その日の夜。台所に立つ娘をぼんやりながめながら、敏雄は妻との日々を無意識のうちに思い出していた。妻に乳がんが見つかったのは1年ほど前。

「お父さん、ここなんかあるみたい、さわってみて」と、朝食後、早苗が敏雄の手を自分の左胸に導いた。
「なんか、硬いのが入ってる、あれ?これって?」敏雄は驚いた。
「そんな感じがするけど」と早苗。
ガンという言葉は、ふたりともあえて使わなかった。
「よし、俺、今日は会社休むからすぐに病院に行こう」
「え?そんな急がなくても」
「いや、いや、今日行こう」
敏雄は妻を半ば強引に近所の総合病院に連れて行った。

診断は、かなり進行してしまった乳がん。手遅れと思われる状態だった。
手術できる状態ではなかったので、その後は抗がん剤治療による入退院の繰り返しだった。妻も自分の状況は、冷静に理解してくれていた。

 

 

そして、最後の入院となった日の朝。


「そろそろ出ないと遅刻だぞ」と、敏雄は荷物を両手に持って玄関で待っていた。妻はリビングのテーブルで小さな紙に何やら書いている。やがて、早苗はその紙を持って台所に走って行った。ほどなくして戻った早苗は、「はいはい、お待ちどうさま」といつもの笑顔で敏雄に微笑みかけた。

「よし、行くぞ」とふたりは自宅の車に乗り込んだ。今回の入院が最後になるのだろうか、と予感しながらも、そうならないで欲しいという願いを頭の中で繰り返している敏雄だった。

 

妻が亡くなってから1週間後には、敏雄は職場に復帰していた。仕事は物流業。倉庫に勤務してフォークリフトに乗って、商品の入荷や出荷に携わっていた。

「だいぶ落ち着いてきたか?」と、休み時間に同僚が話しかけてきた。同じ年齢の彼は1年前に同じように妻を病気で亡くしていた。
「いやあ、まだまだ、なんだかんだとバタバタしてるよ」
「お前、料理とかなんにも出来ないから大丈夫か?」
「まあ、そのあたりは、なんとかするよ」その同僚は、料理は得意で逆に奥さんより夕飯を頻繁に作っていたようだ。
「ウチは料理のほうは心配なかったけど、俺さ、あんまり掃除とか洗濯ってしたことなかったから、そっちのほうがめんどくさかった」
「掃除、洗濯ねぇ、それは俺も家じゃめったにやらなかったけどさ」
「今さ、けっこういい洗剤とか、汚れ落とすもんとかすごいんだ」
「へぇ~」敏雄は、あまり興味なさそうに返答した。

でも、休み時間のそんな会話は、なんとなく敏雄の心に残っていた。
その日の仕事帰り。何気なく近所のホームセンターへ敏雄は足を向けていた。
「新しい洗剤かぁ、住宅用のクリーナーか、床用のワックスなんてのもあるんだ」と、陳列棚をながめる敏雄。
「これ使ってみようかな」と、床用のワックスを手にとった。そして購入。

その後、休日に自宅のフローリングに使ってみた。すると、驚くほどきれいな仕上がりになり、敏雄は驚いた。そして、これがきっかけとなり、敏雄は家事というものに少しずつ目覚めていったのだ。

 

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