戦場で窮地に立つ葵。

 

姉の仇を取ること叶わず

彼女は負けてしまうのか。

 

死を目の前にした葵は
ついにあの男と対峙する。

 

昼下がり、

あっけらからんとした太陽の下で

繰り広げられる

どこからともなく始まった戦。

 

そこには暑苦しい漆黒の衣を纏い

冷ややかな目で

戦場を見下ろす男がいた。

 

突如として

戦場に舞い降りた

その男の名は玲央といった。

 

玲央の視線の先には

まるで孤高の獣のように

戦場で剣を振るう

うら若き少女がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦闘士族だ!悪魔がでたぞ!」

 

兵たちの恐怖の叫びが戦場に響く。


「ぐあああ。」

 

葵は彼らを躊躇なく切り裂いた。

 

吹きあがる血しぶきが

顔にかかり、
葵はおっくうそうに顔を拭う。
顔を上げた途端に

視界がぐらんと傾いた。


今まで何人切っただろうか…

 


葵は砂だらけの空気に混じる

わずかな酸素を吸い込んだ。
敵か味方か分からないままに

ただ剣を振るい続けていた。

 

 

さすがに手が重い…

 


溜息をつくと

ずっしりとした体の重みを感じた。


どうやら私は

まだ生きているのだな…

 


一息ついたのも束の間、
葵は皮膚を張り詰めた。


「来る…」


背後から迫る殺気に
葵は剣を固く握り直した。
後方の小隊が

葵を葬ろうと息巻いていた。

 

遅い…


葵は兵たちが瞬きする間もない

うちに彼らを華麗に切り捨てた。

血しぶきが噴水のように

美しく辺りに散る。
兵たちは葵の前に

ぱらぱらと倒れこんだ。
葵は彼らの死体を

虚ろな目で眺めていたが、

ふと身動きを止めた。

 

葵の目は思いもよらぬ光景に

くぎ付けになった。
兵が一人、

死に際に微笑んでいたのだ。


何故、笑うのだ、

即死ではなかったのか…

 


葵は顔を曇らせた。
 


不敵に微笑んだまま、

その兵は静かに息絶えた。

 

葵は目の前の骸を見つめ

考え込んでいたが、
背筋に寒気が走り、

前方へ向き直った。

 

「ん…」

葵は目を見開いた。

その予期せぬ出会いに、

声にならない声を漏れていた。

 

そこには、漆黒の鉄の塊、

強靭な戦車軍が

今か今かと

獲物を待ち構えていたのだ。

 

じりじりと降り注ぐ太陽でさえ

委縮してしまうような

圧迫感が辺り一面を包んでいた。

 

 

どうやら、

悪寒の知らせは正しかったらしい…

 

 

葵は背筋に不快な冷たい汗が

流れるのを感じた。


戦車にはどう頑張っても

人間はかなわない…

 


葵はその残酷な事実を悟っていた。

 

逃げるべきだ…

 

命の危機に胸がどくどくと

音を立てていた。

 

しかし、葵の足は

地に根を張ったように動かない。

葵は苦悩に唇を強くかみしめた。

 


姉の仇を成さずに死ぬのか、私は...

 

命と使命の葛藤の中、

葵の口内に血の味が

じわじわと広がっていた。

 

 

確かあの時も…

 


いつかの姉の面影が

ふと葵の脳裏に浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ざらざらとした板張りの床に

手を付けて
葵は姉の顔を覗き込んでいた。


「梓姉さん、もう死ぬかもしれない

と思った時はどうしたら良いの?」


ふと頭に浮かんだ疑問を

問いかけた時、
姉は一瞬目を見開いた。


「葵は死ぬと分かっていたら

どうしたい?」


「うーん、やっぱり死ぬのは

怖いから逃げちゃうかも…」


葵の言葉に

姉は少し寂し気に笑った。


「そうね、死ぬのは私も怖いわ。」


姉は少し目を泳がせていた。

 


姉さんも怖いんだ…

 


葵は意外な姉の答えに驚きつつも、

少し親近感を覚えて

胸が暖かくなった。
姉は眼を潤ませている

葵の手を取った。


「けれどね、葵。
国や世の人を守るには

誰かが戦わなくてはいけない。


その使命を背負っているのが

戦闘士族なの。

 

だから、私たち戦闘士族は
死を前にしても

戦わなくちゃいけないのよ。」


姉は葵に話しているようで

どこか自分自身を

納得させているようだった。
まだ6歳だった葵には

お国の話は少し難しく、

眉をひそめた。

 

そして、姉にそっと問いかけた。


「梓姉さんは

私が戦っていたら嬉しい?」


姉の瞳から迷いの色が消えた。
姉は葵の頭を軽く撫でて頷いた。












葵は唇の傷口を指でそっと触れた。
そして、天の姉を仰いだ。

「そうだね、姉さん、

戦闘士ならば戦わなくては。
あの時はまだ何も分からなかった。

 

でも、今なら分かる。

だから最後まで戦うよ、姉さん。」


葵は歪んだ空に呟いた。

 

葵は迷いのない一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

黒々とした戦車たちも

砂煙を巻き起こしながら

葵の元へ前進していた。

 

葵は重たい砂煙の中に

目立っている人物に目を止めた。

その武骨な男は戦車の上で
野太い声を上げ、

部下らしき兵に命令していた。

 

 

指揮官か…

 


葵はその男を観察しながら、
不敵な笑みを浮かべた。


奴を一撃で仕留めれば、
素直に陳列している戦車隊に

多少の歪みが生じるだろう…

 


葵は狙いを定めた獅子のように

力強く地を駆けだした。



「軍長、小娘が

こちらを狙っていると思われます」

 

 

軍長と呼ばれた男は

部下の声に太い眉を上げた。
こちらへ向かってくる

葵の小さな姿を目に入れる。
「そうだな、

どうやら私を狙っているとみる。」


軍長は鼻で笑った。


「かわいそうな小娘だ、

こんな戦場で生きなければ
今頃はどこぞに

嫁に行っていたんじゃないか。」


軍長の傍に控える兵たちは

その言葉に微笑した。
「いえ、軍長、

情報によるとあれが標的の娘です。
例の戦闘士族の悪魔です。」


軍長はその言葉に

大きく笑い声をあげた。

 


「なるほど、

ではここは戦の倣い通り

遠慮なく殺めようではないか。


戦闘士族は胸糞悪い連中だからな、遠慮なく撃ちなさい。」

 


戦闘士族に生まれ落ちたのが

お前の運命の尽きだな…

 

 

軍長は険しげな顔を

ほんの一瞬だけ歪めて、
哀れな少女を見つめていた。

 

 

葵は戦車の砲口と対峙していた。

しゅぅぅぅぅぅ。

 

 

弾丸が流れ込む音…。

 


聴覚が叫ぶ命の危機は

葵の頭に一瞬の迷いを蘇らせた。
葵は首を振って前に向き直る。

 


私は戦闘士族だ…
遠慮なく、私を殺しに来い!

 

戦場にいる誰もが

葵の死を確信していた。


死を知りながらも、

戦車に突進する少女を
誰もが哀れんでいた。

 

そして、笑っていた。

 

 

そんな殺伐とした戦場に

光が走った。

辺り一面は赤い火花と黒い淀みで

破裂した。

 

 

 

ん…!


葵の体は爆風に煽られ

押し流された。

近くにわずかに育っている草木を
必死に手繰り寄せて、

身体を支える。

 

突如現れた光。
それは戦車の砲口から飛び出した
弾丸によるものではなかった。
 

空から舞い降りた

まるで天罰のような
突然の空爆が全てを破壊したのだ。

 
 
いったい、何が起きたのか…
 

葵の頭は真っ白だった。
強靭な戦車たちは
無残に転がっている。
今まさに命が途絶えようとしている
兵たちの悲鳴が耳を突き刺す。
 
葵はアクション映画でも
見ているかのように
茫然とその光景に
立ち尽くしていた。

転がる骸には目もくれず、
その荒廃を
悠然と通り抜ける者がいた。
男はただ者ならない雰囲気を
漂わせていた。
 
視界に彼の姿が入り込んだ時
葵ははっと我に返った。
 
 
生存者か…
この爆風で死なないとは
それなりの実力者だ…
 
 
男は涼しい瞳を怪しく光らせながら
己の身一つで戦場を歩んでいた。
 
葵は男の顔を徐々に認識し、
葵の体は氷に包まれていくように
強張った。
 
「まさか、こいつは怜王族か。」
 
 
葵は思わず声を漏らした。
男の瞳は葵が手に持つ宝剣の
ように青く輝いていた。
 
全てを見下す長身、
色白の肌、するんとした黒髪、
切れ長の目に青い瞳。
その天人のような美しい姿は
昔に都で見かけた
怜王族の姿だった。
 
葵は握っている剣を
思わず見つめる。
 

あの夜の姉の姿が
鮮明に脳裏に浮かんだ。
白い肌を真っ赤に染め上げて、
この剣で胸を貫かれていた姉。
 
何度も夢に見た、あの絶望の夜。
全てを失った、
私自身を失ったあの夜。
 
 
「やっと、やっと、やっと。
梓姉さんの仇を取れる。」
 
 
葵はやり場のない歓喜に
燃えていた。
 
興奮する心を落ち着けようと
葵は唇をかみしめた。
何度も噛んだ唇からは
いとも簡単に血がにじみ出た。

葵は目の前の男に肉食獣のような
鋭い視線を投げかける。
 
そして、瞬く暇もないような
迅速な速さで、
男に切りかかった。
 
葵の迷いのない剣を
男は剣を抜き、受け止めた。
そして腕の筋が浮き上がるほどの
力で押し返した。
 
葵は空中に弾き飛ばされ、
派手な音を立てて着地した。
 
 
こいつ、強い…!
 
 
震える足をさすりながら、
葵は男を見入る。
男は全くダメージを
受けていないようで
手に抱く美しい剣を
愛ずるように撫でていた。
 
葵は筋骨隆々とした
戦闘士族の男たちとは異なる
強さを男から感じ取った。
喉元をつかまれたような
息苦しさを感じた。


こいつは姉の仇だ…

姉の仇を取らなければ、

私が生きる意味も
戦う意味も
あの世に逝く意味も

全てがなくなってしまう…



葵は深く息を吐いた。
そして駆けだした
 
 
戦闘士族として育てられ、
人を殺めることを生業とし
今まで何度も傷を負った。

何度も命はないと思った。

何度も己の運命を恨み、
逃げ出したくなった。

今もまた思う。

痛いと。怖いと。逃げたいと。
けれど、姉の仇を成すまでは
私は戦闘士であり続ける。
 
葵は逃げ惑う鼠のように
息を荒げながら切り込むが
男は、薄ら笑いを浮かべて
ただ葵の剣を交わし続けていた。
男の動きは嘲笑うようで
全く隙がなかった。
 
ガン。
二人の剣は強く擦れあい、
音を立てた。
葵の剣はまたもや交わされたが、
男の長髪をかすめた。
 
葵は目を見開いた。
男は切られた髪を
丁寧に手に取っている。
葵は男に隙が生まれたのを
見逃さず、迷わず男の間合いへと
駆け出した。


姉の仇…!
 
 
 
葵は激情に目を血走らせ
飛んだ。
男の首元めがけ剣を振り下ろす。
 
 
男は頭上の葵を目に入れて
精悍な顔に不敵な笑みを落とした。
 
「そろそろ終わりにしよう。」
 
男の長い足がふと現れ、
葵をかすめた。
 
 
ぐ…!
 
葵の体は不穏な音を立てた。
吹き荒れる風を押しのけて
葵は弾き飛ばされ、
硬い地面に打ち付けられた。
 
 ぅ。
思わずうめき声が漏れ出た。
みぞおちに近いあばらが
ずきずきと悲鳴をあげていた。
 
男の長く黒い影が視界に入って
葵は咄嗟に地に手をついた。
徐々に迫ってくる
男の長い影に
葵の身体に緊張が走る。

早く立ち上がろうと
葵は必死に体を起こそうとした。
地の砂が手の平の傷に喰い込んだ。

 
カ、ガン!

葵は剣を硬い地面に突き刺し、
激痛に駆られる体を必死で起こす。
 
立ちはだかる男を見上げた。
男は青い瞳で冷ややかに
葵を見つめていた。
 
裂かれたあばら骨から
震えが全身に広がるのを感じた。
 
「その目、
本当に姉に似ているな。」
男は葵を覗き込んで不敵に呟いた。
 
葵は鼻で息を吸った。
 

こいつ、
やはり姉を知っているのか…
 

葵は剣の柄を握りしめた。
 
 
もうこの体では
何も出来ないのは分かっている…
それでも、私は。


葵は地面から剣を引き抜き、
男に矛先を向ける。
しかし、十秒と立たないうちに
体を支えられなくなり、
葵はどっさと男の前に崩れ倒れた。
 
 
男はゆっくりと葵の前にかがんだ。
葵は地面に張り付いたまま
顔だけ動かして
男に強い視線を投げる。
 
男の瞳は青く光っていた。
 

やはり、こいつは怜王族だ…
私もこいつに殺されるのか…
 
 
「自分の命は大事にしろ。」

男の低い声が頭上から降り注いだ。
 
 
葵は微笑した。

仇を成してから
姉の元へ逝きたかったな…
 

葵はゆっくりと瞼を閉じた。
 
 
 
 
 
 
 
男は目の前に倒れる
血だらけの華奢な少女を
ただ眺めていた。

死に様まで姉に似るとはな…

男は梓と葵を重ねて、
苦い笑みを美しい顔に浮かべた。
 
 
男は葵の亜麻色の髪を
懐かしそうに触れ
優しくふわっと撫でた。
 
戦場には似合わない
怪しく美しいその男。
彼の名は玲央という。
 
玲央は葵をそっと抱いて
戦場を去っていった。
 
第一章第三話完
 

 

次回予告

 

ついに葵は姉を殺した
と思われる玲央と接触!

 

玲央に連れ去られた
葵はどうなってしまうのか、

 

未だ謎に包まれている玲央

という人物、
彼は何者なのか。

 

今後の展開に注目です!

最新話を見逃さへんように

フォローするのを

お勧め致します!

 

第三話、

お読み下さり誠に

ありがとうございました。

また最新話で

お会いしましょう!

 

From日比谷菜月