次や、次!
オランダ戦、残念でした(>_<)
スナイデルのスーパーゴールは仕方ないにせよ、その後に1点を返しきれないところは、やはりまだまだ力の差を感じさせられますね…
ただ期待できる部分もあります!
アンカー阿部、両サイドバックの長友・駒野、中央の闘梨王・中澤。
守備は非常に安定感が出てきました。
どや川島も絶好調ですし。
あとは攻撃すね。
個人的には森本に期待してるんですけど、今日も使われなかったところを見ると、あまり出番はなさそうかなぁ。
次のデンマーク戦、これがすべて!
頑張れ日本!
スナイデルのスーパーゴールは仕方ないにせよ、その後に1点を返しきれないところは、やはりまだまだ力の差を感じさせられますね…
ただ期待できる部分もあります!
アンカー阿部、両サイドバックの長友・駒野、中央の闘梨王・中澤。
守備は非常に安定感が出てきました。
どや川島も絶好調ですし。
あとは攻撃すね。
個人的には森本に期待してるんですけど、今日も使われなかったところを見ると、あまり出番はなさそうかなぁ。
次のデンマーク戦、これがすべて!
頑張れ日本!
最少不幸の社会
前回に続いて政治ネタ失礼します。
菅新内閣が発足しました。
執行部も含めると、枝野さん、野田さんなども主要ポストに就き、なかなか期待のできる面々ではないでしょうか?
さて菅首相が「最少不幸の社会を」と言っています。
私なりに解釈すると、なかなか深みがあって良いと思います。
政治の役割は、国民の安心・安全を守ることだと思いますが、ときに「国民の幸せを~」と仰る政治家がいます。
別に非難されることではないですが、ふと考えてみると「国民の幸せ」ってなんでしょう?
ポスト冷戦時代を経て、日本でいえばバブル崩壊、近年ではリーマンショックを経験し、インターネットの普及というインフラも相まって、価値は多様化する一方です。
CMでも「幸せ~って何だっけ何だっけ?」と言ってる時代です。
まあ、この問題については、宗教が一つの回答を与える、とは私が常に考えているところですが。
ともあれ、価値は多様化しており、幸せは人それぞれです。
「国民の幸せを~」と主張するには、まず「国民の幸せとは何なのか?」を定義するところから入る必要があります。
幸せを実現というポジティブなテーゼでなく、不幸を最少にというネガティブ(逆説的ですがポジティブな意味でのネガティブ)なテーゼを持ち出したところに深さを感じます。
今後の菅内閣に期待します!
菅新内閣が発足しました。
執行部も含めると、枝野さん、野田さんなども主要ポストに就き、なかなか期待のできる面々ではないでしょうか?
さて菅首相が「最少不幸の社会を」と言っています。
私なりに解釈すると、なかなか深みがあって良いと思います。
政治の役割は、国民の安心・安全を守ることだと思いますが、ときに「国民の幸せを~」と仰る政治家がいます。
別に非難されることではないですが、ふと考えてみると「国民の幸せ」ってなんでしょう?
ポスト冷戦時代を経て、日本でいえばバブル崩壊、近年ではリーマンショックを経験し、インターネットの普及というインフラも相まって、価値は多様化する一方です。
CMでも「幸せ~って何だっけ何だっけ?」と言ってる時代です。
まあ、この問題については、宗教が一つの回答を与える、とは私が常に考えているところですが。
ともあれ、価値は多様化しており、幸せは人それぞれです。
「国民の幸せを~」と主張するには、まず「国民の幸せとは何なのか?」を定義するところから入る必要があります。
幸せを実現というポジティブなテーゼでなく、不幸を最少にというネガティブ(逆説的ですがポジティブな意味でのネガティブ)なテーゼを持ち出したところに深さを感じます。
今後の菅内閣に期待します!
新制政権誕生
管さんが首相になった。
政治思想はおいといて、リーダーシップと実行力に期待したい。
ここ数年で首相がコロコロ変わってしまったわけですが、彼らの力量も残念だったこともありますが、より日本にとって残念なのは民度の低さです。
民主主義である以上、我々は国会議員を選んでいるわけなので、政治の混乱の責任は、当然政治家だけの問題ではないです。
日本が批判というかブーイングしかできなくなってしまったことは、本当に歯痒い。
普天間もそうです。
外交・安全保障というとてもシビアな問題、地元住民感情という極めてセンシティブな問題。
約束が違うじゃないか、と我々は単純に批判できるのでしょうか?
我々は批判しか出来なくなりました。
「それはダメだ」、「あれはダメだ」だけでなく、「それはダメだから、こうするべきでないか」「あれはダメだが、どうすべきだろうか?」という議論が、極めて少なく感じます。
投票はしないわ、批判だけはするわ、では民主主義は終わりです。
民度がさがったいま、独立を維持するためには学問のすすめを読み返さなくてはならない。
政治思想はおいといて、リーダーシップと実行力に期待したい。
ここ数年で首相がコロコロ変わってしまったわけですが、彼らの力量も残念だったこともありますが、より日本にとって残念なのは民度の低さです。
民主主義である以上、我々は国会議員を選んでいるわけなので、政治の混乱の責任は、当然政治家だけの問題ではないです。
日本が批判というかブーイングしかできなくなってしまったことは、本当に歯痒い。
普天間もそうです。
外交・安全保障というとてもシビアな問題、地元住民感情という極めてセンシティブな問題。
約束が違うじゃないか、と我々は単純に批判できるのでしょうか?
我々は批判しか出来なくなりました。
「それはダメだ」、「あれはダメだ」だけでなく、「それはダメだから、こうするべきでないか」「あれはダメだが、どうすべきだろうか?」という議論が、極めて少なく感じます。
投票はしないわ、批判だけはするわ、では民主主義は終わりです。
民度がさがったいま、独立を維持するためには学問のすすめを読み返さなくてはならない。
