Natsugumo's Diary

Natsugumo's Diary

自由気ままにいろんな事を書きます。

今日も平和である事を祈って。

もう、15年。が個人的な気持ち。


自分も歳をとったなぁとは思うものの、あの悲劇は昨日のことのように思い出せる。私は新潟県民なので被災者ではないものの、あの時をまだ鮮明に覚えているからここに書き残そうと思う。インターネットという海の中だから、いつか消えてなくなるかもしれないけど。


仮に閲覧する人がいたとして、もし、その時その場にいた方だったら、苦しい思い出が蘇りそうなら読まないでください。それでも、憶えていたいからというのであれば止めません。





15年前の今日、当時中学生だった自分は学年一斉の学力テストの真っ最中だった。本当に何もない、普通にわかんねーなぁーこの問題、とか本当に何も変わりなく過ごしていたのは覚えてる。


14時46分が発生時だったはず。当時からよく貧乏ゆすりをしてる自分は自分ではない揺れにすぐ気付いた。


「揺れた…?」


つい声に出てしまったんだけど、その時は本当に軽微だったからみんなが「え?」なんて言っていたかと思えば


ゆら……ゆら………………ゆら………ゆら


本当に気持ちが悪かった。何か、底しれぬ巨大な何かにゆすられているような感覚が続く。


「机の下に隠れてください」


先生の声にみんなが一斉に机の下に隠れるものの、ずっと、本当に長い間(のように感じた)揺れ続ける。自分はその揺れが怖くなったから時を見て逃げ出した。文字通り逃げ出した。先生のガードも振り切って、一目散に玄関から外へ逃げた。本当は収まるまでじっとして、先生の指示を仰ぐべきなのは理解しているけど、揺れが長すぎて、中越地震を思い出して、怖くなってとにかく外に逃げなくては!という一心で逃げた。外へまでは1分以上かかるのに、外に出れたいうのにまだ揺れている。違和感しかなかった。


本震がこない。ドカンと突き上げるあの恐ろしい揺れが、全くこない。なのに、全てがずっと揺れている。収まるまできっと5分くらいあったんじゃないかってくらい。


余談だけど、当時スマホが普及しておらず、学生でも持っている人がいなかったから緊急地震速報のアラートは鳴らなかった。もし鳴っていてたらきっとパニックになっていただろうと容易に想像出来る。あの音は、本当に、いつ聞いても生きた心地がしない。


閑話休題。



そして揺れが収まってから教室に戻ると、みな安堵の表情だった。なんだったんだろう?という表情だったけど、結局テレビも情報入手手段もないから分からないまま、その日は繰り上げ下校に。


家に帰ったあとだ。恐らく16時とかそれより少し前だったと思う。確かあの日は母がいて、テレビがついていたんだが、母が叫んでいた

やばいよ!津波が…!!


津波??

あの揺れは何だったんだろうとリビングの扉を空けた時、テレビからは衝撃の映像が流れていた。


分からなかった。理解が出来なかった。本当に、本当に何が起きているのか分からなかった。


何かが街を呑み込んでいる映像。まるでCGのような映像で。黒泥が何もかもを呑み込んでいた。車も、家も、建物さえも、おもちゃのようにひしゃげて、崩れて、跡形もないようなものがどんどん街に流されていって。逃げてという声も音声に入っていたのも覚えている。もちろん、その中には命もあっただろうことは容易に想像出来る。


「なんなんだよ、これ」


辛うじて出た言葉がこんなもんだった。自分の地域はずっとゆらゆらしていただけなのに、知らない間にとんでもないことが起きていた。しかも、発生からそんなに経っていないのに。見るに堪えず、テレビを消した。正直当事者じゃないのは分かっているけど、気持ち悪くて、怖くて。


その日からニュースはずっとその話。だから正直それ以降の記憶が曖昧。いろんな事が起きているのは分かってた。映像も何度も見た。それでも、画面越しですら辛すぎて。

自分達はこんな普通に過ごしてていいんだろうかって思う日も沢山あった。本当にそのくらい辛かった。



あの日から、もう15年。今と当時ではいろんなもの、ことが変わってしまった。良くも、悪くも。それでも、忘れないように。自分は中越地震も、中越沖地震も、東日本大震災も、能登半島の地震も遠くないところで経験した。共通することは、忘れてはいけないこと。いつ起こるか分からないこと。

日本にいる以上、地震は切っても切れない関係だからこそ、常に備え、教えを忘れずに日々過ごしたいと思う。


そして、当時の時間には黙祷を捧げることが出来なかったけど、15年前のあの日、あの時、被災された方、亡くなられた方に心から黙祷と共に哀悼の意を捧げたい。私は忘れない。





さて、個人的にだけど、当時スマホをもってなくて良かったなと思っている。きっと今なら、もっと残酷な映像がネットを介しててに入ってしまうだろうなと思うから。そして、それが最後の言葉になってしまうものもあるだろうと思うと、怖いなと思う。


災害が起きたら、まず身の安全を確保して逃げよう。そして、起きた時、どう動けばいいのか、常に考え、家族や知り合いと相談しよう。生きているうちは、忘れないようにしたい。