我が国が核武装すべきかどうかという話です。僕は我が国は再軍備すべきだと思っています。その再軍備のなかで核武装というのはよく取り上げられます。
我が国は先の大戦末期に広島と長崎に二つの原子爆弾を落とされます。これにより34万人の非戦闘員が亡くなられました。このアメリカの原子爆弾投下は明らかな国際法違反です。
そして敗戦し我が国はGHQに統治されその後、独立を果たすものの米軍基地を我が国に置くことになります。
そして今日までアメリカの核の傘により1億2千万人の命が守られてきたわけであります。
ですがこれからもこの状態で我が国を守り続けられるとは限りません。実際に守られていない場所が、ものがあります。竹島、サンゴ、北朝鮮拉致被害者等々。
なぜ彼らにここまでされるのかは我が国に抑止力がないからです。「いつだってやってやるぞ。」「そっちがその気ならいつでも仕掛けるぞ。」という恐怖感がないのです。
実際にサンゴを密漁していた船の船長を逮捕しても裁かず中国に返す始末。「どうせ捕まったって帰れるよ。」そりゃサンゴを取られます。
日本海に領海侵犯をしてきた船を自衛隊の船が見つけたところで国境までただただ送り届ける始末。「もしもの交渉に備えて人を拉致しておこう。大丈夫。自衛隊に見つかっても国境まで我々を保護して送り届けてくれるよ。」そりゃ国民も拉致されます。
領海侵犯を許すことなく砲撃すれば今頃小笠原の海からサンゴは消えていません。領海侵犯を許すことなく体当たりすればそれ以降拉致被害者は出なかったかもしれません。
このような恐怖感が必要なのです。「領海侵犯したら殺される」という恐怖感が必要なのです。だから日本は再軍備すべきなのです。そしてその軍事力はより大きければ大きいほど抑止力を持つので大きいに越したことはありません。
そこで問題になるのが核武装です。我が国はすでに2つの核爆弾を受けているから十分わかる通り絶大な威力を誇ります。そのため大きな抑止力を持ちます。
しかし、僕は日本が核爆弾を持ったところで決して打てないと考えています。それは我が国が民主主義国家である上に被爆国であるからです。有事だとしても国民の大多数が反対するでしょう。惨劇を知っているからです。
独裁主義的な国が持つ核は恐ろしいですがその他の国は打てないと思います。これはアメリカも含めます。
我が国がもし核武装を迫られた時にはアメリカが弱体化仕切って日米安保が薄くなった時でしょう(はっきりいって考えにくいが…)。
隣に中国と北朝鮮がなければこの議論はいらないのですけどね…。あぁ引っ越したい。
こんな感じで書くときもあれば短くなるときもある。そんな感じでやっていきます。