昨年末


ついに我が子3人揃って

会う事ができ

触れる事ができ

直接声を届ける事が叶った


3人の子ども達が


初めて目の前に揃って


生きてて良かったって思った



生かされてる有り難みが身に沁みる



たった15分だけだけど

濃厚な時間


ここまで3年かかった


3年間


ずっとずっと我慢の日々


願えば願う方



つらくて


かなしくて


もう願わない方を選ばないと

やってられなくて


もう期待は捨てて


ただ毎日を


ただ生きる


生きていれば



いつか会える


だから元氣でいよう


それだけを考えてきた。



とにかく生きいて



とにかく元氣でいて


願う事はそれだけだった


振り返れば3年あっという間だったけど



やっぱ長かったよ



子ども達の3年は


大人の3年よりも


とてもとても長いもの



本当によく頑張ってる



家族と会えない悲しみは



本当に辛い。




そしてこの気持ちを


吐き出す場所もなく


吐き出す気にもならず



当たり前に子どもと一緒にいられる

家族がうらやましくて



すべての感情を飲み込み


気丈に振る舞う



自分の気持ちに寄り添う余裕もなく


いや、寄り添えば


悲しみにのまれてしまいそうで


立っていられなくなりそうで


なにもできなくなりそうで


寄り添えない。


ただ、目の前の事を理解して


タスクをこなすのに必死



泣いたって変わらない



この子が一番頑張ってるのに



私が泣くわけにいかない



泣いてる場合じゃない



だけど



1人の時に溜め込んだ涙と感情は



どれだけ我慢しても



消える事はなくて


ずっと心に溜まっていくの



それがどんどん重くなって



苦しくなって余裕がなくなると



溢れてくる


爆発するよね


いろいろな形で


これって結構危ない行為だと


気づいた


だから


我が子を気にかけるように



自分の心の状態を常に

気にかけるようにしないと



結局誰も守れない


子どもに寄り添えない自分になってしまうから



どんなにこわくても



自分の声を聞かなきゃ何も守れなくなる



私の望みは子どもの笑顔



そして


子どもの望みは私の笑顔


なんだよね


難しい事


複雑な事なんか


誰も望んでない。


なのに


私たち親は簡単な事を複雑に難しくする



おかしいよね



笑ってよ


大人ってめんどさいなって


そうめんどくさいんだよ


素直で純粋なはずなのに