なつなつなっつ -25ページ目

なつなつなっつ

いらっしゃいませ。



「前世の記憶」TOMOVSKY



過眠というか、無気力で、困った。



希死念慮ややあり。



でも生きなければ。



こんばんは

今日は自分の訪問着、しつけ糸を取って、着てみました。

帯もまっさらな袋帯。

まっさら同士で、しっくりこない。

着物は、いざ必要な時に下ろすのではなくて、何回か着こなしておいたほうがいいです。

気持ちが凹みました。

着付け教室の帰り道、うちの近くの田んぼ、いち早く水が張られてました。

早速、毎年来る、カルガモが3羽。

ほっこりしました。



もう、余計なことは言いたくない。










多分、話し合いが終わったところだったんだろうな。

この後私は、一旦燃え尽き、6月17日、とうとう徘徊をしてしまう。

徘徊の日だったか、記憶が混乱してるんだけど、自分の部屋の掃除が思い通りに出来ない状態で、「ヘルパーさんを頼みたい」と母に訴え、「親が動けるのに、他所の他人様に上がって欲しくない」と言われて、落胆したのは覚えている。

また、その時に、「それじゃあ、働けない自分も嫌だから、この家を出て、生活保護を受けて生活したい」とも訴えた気がする。

徘徊したきっかけは、いまだに、というか、永遠に思い出せないであろう。

入院、そして退院後、私が自分に収入がなく、楽しむためのお金も必要な度に母に無心していた事が、私に負担がかかっているのだろうと、父が気付いてくれた。

障害年金の申請の仕方を、黙って役場で聞いてきて、書類も貰ってきてくれていた。

それから数か月かけて、申請書を作り、今に至る。



さ、夕飯の前に猫をお風呂に入れます。

喧嘩して、首根っこを攻撃されたようで、傷口が化膿していて悪臭を放っている。

首根っこやられたってことは、「ボスになれなかったんだね・・・」家族全員が、誰に教わったわけではないが、口々に黒ちゃんに声を掛けたと、母が言っていた。



4年後は、どうしてるかなあ~・・



おはようございます。

完全に、早朝覚醒です。

二度寝ができませんでした。

さてさて、4月13日(土)!行ってきましたよー。IMG_20190413_130441.jpg



サイン、いただきました!

IMG_20190415_034137.jpg



ハルさんにはガムを用意してましたが、

「俺、自分のあるから、いい。」と言って、ポケットからまだ開封されていないガムを見せてもらいました。
「腐るもんじゃないし、受け取ってもらえませんか?」って言ってみたけど、断られましたw

頑固というか、「施しは要らないぜ」みたいな、武士のようなハルさん。



トモフには、ワンカップの八海山。

ハルさんに断られたから、恐る恐るでしたが、

私「これ~、日本酒、もらってもらえますか?」
トモフ「え!いいの!?」ニコニコ

成城石井のレジ袋ごと渡して、袋からわくわくした感じで取り出す間、

私 「好みの銘柄だといいんですけど」(実は、ワンカップが八海山しか売ってなかった)
トモフ 「えー、なんだろ」

出してみて
トモフ 「あ、八海山、好き。でもな~どうしようかなあ~。飲みたくなっちゃうよなあ~」

私 「今じゃなくても後で飲んでください~」

トモフ 「え~飲みたくなっちゃうよ~」

トモフ 「実はねえ、このタイプのワンカップは、開けたら飲み干さないとならないの。蓋がないからね~どうしようかなあ~」

と、そばにいらしたお姉さんが、「水のペットボトルに移し替えれば?」と言ってくださり、

トモフ 「おーいいね、そうしよう。」
ふと見て、思い出す。ライブ中のお水のあれこれw

私 「あ、このお水、もしや・・・」

トモフ 「そうそう、もう、バレンタインまでって言ったけど、飲んじゃったー」

そして、半分くらい水が残ってる中に、八海山を入れ始めた。

私 「えー水に入れちゃうんですかあ?」

トモフ 「明日も明後日もライブあるからね、飲んじゃいけないんだけど、水で薄めれば、神様も許してくれるでしょう」

いやあ、事情もわからず、差し入れして申し訳ない><
やっぱ、いつも飲んでいるイメージだったけど、ライブの前とか、ちゃんと気を付けてるんだなあって、知ることができました。

その他ちょこちょこ「ライブどうだった?」とか聞いてくれたり、

私が「いつも生きる力もらってます。」って言ったら、「嬉しいねえ」って。

途中で男の方が話に入ってきて「ハルさんが、ライブ中ずっと客席から、いつからスマホにしたの?って聞いてましたよー」と、話題を振ってくれて、

私 「そうそう、ずっとハルさんのそばで観てましたけど、何回も言ってましたよ。ガラケーは俺だけになったっていってましたよ」と言うと、

そこからスマホの話になったり、ハルさんはパソコンないから、そのガラケーでいろいろやってるって話とか、「ブログはガラケーからですか?」って聞いたら、「ハルには途中でやってくれる人がいるからね。俺は全部自分でやらなくちゃいけないけど」等など、いっぱいお話できました。

終始にこやかな、トモフでした♪



そんなこんなで、3人ピーズを観て、ごっそり人が帰る中、私たちも居酒屋へと・・・。

知久さん、水中それは苦しいさん、観なくてごめんなさい。

んー、3人ピーズのこと、どこまで書けばいいかな。



やっぱ、書かない。

アビさん、シンちゃん、待ってるよー。今回は、きちんと待つよー。



トモフで踊って(せいぜいサイドステップくらいですが)、いつものように、手拍子したり、腕あげたり。定番の大合唱は「我に返る~」。ピーズも「生きのばし」だけ、盛り上がり、大合唱。隣のお兄さんと張り合って歌いましたw

そして、昨日は筋肉痛で動けず、今朝もまだ筋肉痛残ってます。



親友の、ある打ち明け話が、どうしても気になり、食べるのも飲むのもおろそかに、ついつい話し込む。

飲み放題の2時間があっという間で、カラオケボックスに移動。
歌ってもいいけど、とにかく、雑音のない静かなところに逃げ込みたかったのと、そのほうがじっくり話せるという私の我儘で。
あっという間の3時間。ここでは、ジントニック3杯飲んだな。

んー、友達がこぼす話に対して、先輩面して「私の場合は、こう。」って語ってしまうことが多く、私の話などより、ただ聞いてあげられていればなーと、後悔。

ま、私の話で、何か、考えが変わったり、それまでにも言っていた気持ちがより強固になったり、してもらえてたらいいなあと思います。

まあ、彼女の決めることなので、「今後はマメに連絡してね」ってことで、見守れたらなあと思ってます。



実は、大合唱しすぎと、友達と長時間話しただけで、声がガラガラになりましてw
それも、二日後である今日も、まだまだ治ってません。



友達、「なっちゃんがトモフも好きな理由わかったよ」って言ってくれました。

うーむ、どうやら、トモフの予習の記事とか読んでくれていない様子。

でももし、気に入ってくれたら、バンドトモフ、お金を工面して友達と行きたいなー。

バンドトモフなら、ベース弾いてるハルさんも観られるからね~~~










「こころ動け」トモフスキー



4時に起きてしまったwww

二度寝したら、寝坊すると思い、起き上がり・・・。

ちょっと、最近の癖で、ピグにインしたら、まず音楽フロアに誰がいるかをチェックしてしまったところ、なんと本当に仲間がいるんだもん、笑った。

んで、5時にならないと、デイリーができないから役1時間お邪魔した。

なんの話からそうなったか忘れたけど、ちょっと様子がおかしいと、なんでもすぐに気が付いてくれる男子なんだけど、あ、「腐った世の中で・・云々」を言う人です。

とにかく、フロアで私に喧嘩売ってきた人(喧嘩は買いませんでした。)の話を聞いてもらうことになって、長々と説明させてもらった。

喧嘩売られて以来、そいつが来たら、速攻でそのフロアから落ちる私の異変に気付いていてくれた。

なんて、ナイーブで優しい人なの、ほんとにもう~。

それでいて、いろいろ感じながらも、「そなの~」で済ませてしまう、寛大な心の持ち主!

話を聞いてもらって、言われたことは、「なつさん、なんでも真に受けすぎ~」。

そうだけどさ。そうなんだよ、昔っから。

よく、この半年ほどで、理解してくれたねえ。

「なつさん、優しすぎるからな~」も、よく言われるけど、誉め言葉ではないと受け止めています。

実際、ダークだし、嫌いな人のことは会話非表示にして、何か話しかけられてもスルーしている状態だろうし。

腹黒いから、嫌いな人をさりげなく追い出す時もあるよ。いい人のふりしてね。

そういうの、ずっと見ていてくれての、「真に受けすぎ」発言だと、素直に心して受け止めました。

行きは車で、明日駅まで歩いて車を取りに行こうと予定していたんだけど。

朝5時半に台所へお弁当のお皿を持って降りていったら、

父が、冷蔵庫に入れておいた保冷バッグの中身を見たらしく、「ビール入ってたけど、まさか運転しないだろうな?」と言ってきたので、私の考えていた予定を話したら、「なんなら行きは乗せて行くぞ?」と。

家を出発するの、8時40分だから、「散歩に行く時間でしょー」って遠慮してみたのだが、「散歩はいくらでも時間ずらせる事だからいいよ」とまで言ってくれたので、甘えさせてもらうことにしました。

最初、お花見だと思ってたみたい。
私、お花見とかこつけて、お酒が飲みたいだけっていうお花見スタイルは嫌いなので。
確かに、上野だけど(そこで初めて出掛け先が上野だと話した)、ライブなんだよー。って。だら~っと、お酒飲みながら時間過ごしたり、好きなバンドの時は楽しく観たりする、フェスっていうものなんだよーって教えた。

「ほー、昼間っからなんだな。」って言ってたw

高校時代から、ライブっていうと、夜23時くらいまで帰ってこない娘だったのでw
ライブが昼間で、帰りも早いというのが、父としては新鮮だったようだw

昨日の記事の話じゃないけど、私なんて、高校はテスト勉強だけ頑張ってクラスで2番くらいをキープしつつ、あとはバイトに励んで、バイトだって帰りは21時過ぎてたしね、そんでもってライブっていう遊びを覚えてしまい、家では堂々と煙草吸ってたしw

本当、年頃の娘なだけに相当心配していたと思う。

たらればだけど、ほんとほんと、今の自分に高校生の娘がいたら、何かにつけ、必ず送迎するし!それが何時であろうと、そうしないと心配で半狂乱になると思う。

だが、高校の頃の私は、「遊びに行くのに、わざわざ車を出してもらうなんて、申し訳ない」って思っていたし、免許取るまで、そ~んな、駅までの送迎なんて、片道5分で済むことだしなんてことないって事実を想像できなかったもんね。

たった5分をもったいぶって、高校、二十歳、そこまで育ててきた娘に何か起こってしまうなんて、考えたくないよね、今思えばね。

うん、まあ、話が逸れた気がするけど、最近の父は、仕事も完全引退して、ずっと家にいるので、孫の1号2号のことも、頼まれたら送迎するし頼まれなくても「乗せていこうか?」ってやってるよ。それでお互いが気持ちよく居られるなら、送ってもらったら「ありがとう」迎えにきてもらったら「ありがとう」、素直に自然に感謝する気持ち、気持ちだけではなく「ありがとう」の言葉が出る。

いろいろ反抗したり、ぶすーっとしてて「いってきます」とか「ただいま」の声がちっちゃかったりする1号2号も、その時にはきちんと「ありがとう」言える子だからね。

それで良しだ。

さて、着替えようかね。












「光をあつめて」TOMOVSKY



この歌、結構ライブでやってるイメージあるなあ。

あと、「希望の星」?もねえ。

明日のタイムテーブル
はっきりしました。



朝9時9分の電車に乗ります。

帰りは歩きだけど、行きは、思ったより早いので、駅前パーキングに停めて。
歩いて帰って、翌日歩いて車を取りに行きます。



さて、寝るー

今夜、さっき?軽めのパニック起こしちゃって、疲れてます。










ずっと読んでいるブログです。

前にも何回かリブログさせてもらってます。



他人様の家庭のやり方なので、パパさんが決めた方向や、それに伴う、子供への接し方は、パパさんが調べて決めたことなので、それで実行してらっしゃるから・・・。

私がコメントする時は、やり方については、パパさんの得た情報から決めた事として、尊重しつつ・・・です。





私が親だったら?

まずは、不登校になった1年生1学期で、一旦休ませます。
留年させます。

もう一度1年生をするとして、(転校するかパパさんところみたく通信制にするかは、それまでに決めます。)もう一度の4月までは、朝決まった時間に起きて、夜もだいたい決まった時間に寝る生活をさせると思います。

その途中で、ゲーム時間も制限します。
スマホは、寝る時に預かります。

テレビは自由に見せます。

映画も観たいと言えば、一緒にDVDレンタルします。
(アマゾンプライムなどは、使用しません。)

勉強を忘れるといけないので、塾に行かせます。
高1の勉強ではなく(もう一度やるんだから必要ない)、中1から中3までの復習をさせてくれる塾を探します。
実際、甥っ子1号は、その手の塾に中3の1年間通いました。(勉強の仕方が本人よく分かっていなかったようで、それが身に着いたので、高1からは塾は必要なくなりました!)

塾には、送り迎えが必要なら、当然のように毎回送迎します。

会話を増やします。

高校のことは一回忘れさせるかもしれないです。会話に高校の話はせずに、くだらない事で笑ったりしながら・・・。

お友達がいるなら、たまに家に呼んで遊んでもらいます。

そんなこんなで、10か月ほどですね。

決断するには、半年くらいかな。





身勝手で無責任な発言と思われるかもしれませんが、そして、子供の性格によって、こちらが思う通りにはいかないかもしれないですが、思う通りに行かなかった時に、また、考えを変えるしかないですね。

何が大切って、朝起きて、夜は寝る事!

これは、精神科の閉鎖病棟に入院した経験からの考えです。



あとは、金銭面かあ・・・。

共働きでなくてはどうにもいかなかったら、私もパートに出るのでしょうが。

できるだけ、働かなくてもいいように、工面したいところですねえ。

今の弟夫婦のように、学資保険、切り崩すかもしれません。それでパートに出ないで済むなら、そうします。

申し訳ないけど、大学に行くなら、働きながら通ってもらうことになります。

でも、先のことより、目の前の事!



反抗期であれば、こちらから相談を持ち掛ける形で、会話していけばいいのかなあ。

反抗されても、我慢に我慢をしてからの爆発を、何度も繰り返すかなあ。私の性格からすると、そうなると思います。

人は、我慢に我慢をして、それでも言わずにいられない、でも言ってもらえるうちが花だということを伝えますね。

それでも、反抗し続けるなら、大人になって思い出してもらえればいいです。

めでたく高校卒業を迎えるとして、その時にまだやりたい事が見つからないのなら、大学に通うことを勧めることは勧めます。それでも大学でまで勉強したくないのなら、働いてもらうしかないです。

できれば、実家ではなく、一人暮らしをさせたいですね。



・・・・・・。



ここまで書いてきて、

ほんと、理想論だなあと、情けなくなる。



でもね、徹底したいのは、朝起きて夜寝る、昼間は自由。(この間アップした北野武も言ってたけど、「自由」ほど、何をすればいいのかわからない難しいもの。)

カウンセリングも通わせたいですね。

地域で紹介してくれる、高額ではないところで充分。

自分が思う事、思い出、トラウマ、ただただ、聞き出してくれてたっぷり話せるカウンセリングがいいです。

投薬は、避ける。

ただ、眠れていないようなら、致し方なし。
導入剤くらいで留める。

うーん。




所詮、体験できない、精神病の中年の、理想論でしかないですね。つら。

また、もう読んでないはずの人が、ご自身のブログでやいやい言いそうな記事になってしまったw

wwwwwwwwwww

今後も、パパさんならではのやり方を、見つめさせてもらおうと思ってます。



追記
あー、新しくパパさん、コメ返してますね。
8番のコメ返で、「危機感がないから、昼夜逆転の生活」であり、「危機感は自分で気付くしかない」と、ありますね。

私も、閉鎖病棟に入院して、朝起きて夜決まった時間に寝ることの大切さに気付きましたもんねえ。

でも、不眠症にもなっていたから、気付いたところで・・・っていうのがありますねえ。



まー、ほんと、家族はずっと、待っててくれてますね。



理想論では、うまくいくわけないか・・・。