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なつなつなっつ

いらっしゃいませ。

一旦、アメンバー記事にしましたが、公開することにしました。




2019.10.13
疲れたよ~

昨夜、多摩川や荒川の氾濫のニュースを見ていて。
我が家は、利根川から2キロくらい。

叔母の家は真裏に利根川土手。

ニュースを見ていると、上流でダムで放流をするという事を知った。
「下流では、氾濫するかもしれない」と、煽られる。

中小河川のほうが、溢れやすいのは、分かっていて、利根川は、大昔決壊したこともあって、常に終わりなき護岸工事をしているので、「きっと大丈夫」と思いつつも・・・。

とうとう23時頃に、利根川の上流のダムも放流すると一報が。

うちは、被害を受けても軽い方かもしれないが、どうするかと両親と騒ぐ。

とうとう放流が夜中の1時とのニュースが・・・。

母が役場に直接電話。

始めは、避難場所が3か所しかないと言われ・・・。
家から結構遠い。

まあ、とりあえず、こういう時は大量におにぎりを作る!
30分でご飯が炊けて、私と母で握る。24個。

諦めモードになってる中、たまたま庭に出たら、町の防災放送が流れた。
でも、暴風がゴーゴー言ってて聞き取れない。
ただ一言聞こえたのが「利根川が」だった。

もう一度、母が防災放送が聞き取れない文句とともに、その内容確認のため電話。
すると、避難勧告。しかもレベル4という。
スマホで利根川のライブ動画を見ていた甥っ子1号は、「叔母さんちの近くの、じいちゃんが釣りで車で入っていく辺り、もう水がチョロチョロ溢れてるっぽい」と言って来るし。

希望していた、我が家から800mの中学校も、避難場所に開放することに決まったと教えてもらう。

どうなるかわからないけど、年寄だけは避難しておこうということになり・・・。

母は、とにかく体が痛いことがストレスな人なので、小さい子のお昼寝敷き布団と毛布。
薬~とか、氷~とか、血圧計も~とか、作ったおにぎり~とか、充電器が~、ブルーシートも~あれやこれや・・・避難道具は避難が決まってからまとめるものじゃないのに・・・。

「お母さん800mも歩けないから、車で送って~」

私が車を出せればよかったが、夜は、一番最後に帰ってくる兄の車で出られない。
寝ようとしている兄に声をかけて、荷物を積む。
それでもまだ貴重品など荷物が決まらない母。
待つこと10分。

ほぼ1番乗りのグループに入れた。
大荷物を運ぶのは私。
いったん、兄と帰るのだが、避難してくる人に若者が多い事が目につき・・・。

兄に家まで連れて帰ってもらってから、自分で作っておいた避難リュックとバック、いつも持ち歩くバッグ(3つとも重い)を全部背負い、15分ほど夜中の道を歩いて両親のもとへ。

はじめ2階にいたが、より高いほうへと、役場の方が3階の教室を空けてくださり、移動。

2時を過ぎていただろうか。

予定では、利根川上流のダムは放流されているかもしれない。
ラジオを聞きつつ、体中痛い私たち3人は横になる。
眠れるわけはない。
私は避難騒ぎのずっと前の20時に眠剤を飲んでいる。
眠いけど、眠れない。
体がムズムズするのだ。
母も同じ症状で、起き上がったり、横になったり。
3時頃だろうか、ラジオで、利根川水系ダムは放流を中止したとのこと。
「あ~~無駄骨だったか~」

家族を騒がせたのは、毎度お騒がせの私。

不機嫌この上なくなる。

でも、何事もなかったのだから、無駄ではなかったのが事実。
何事かあることを期待していたわけではないです。
助かった~。

夜が明け、綺麗な朝焼け。

どんどん人が帰っていく・・・。

やっと専門家の方が来てくださり、「まだ、避難勧告は取り消せない状態ではあるので、自己責任になりますが、利根川は、99%もう、氾濫しません」とのこと。

それでも残っている人たちもいたが、父が車を徒歩で取りに戻り、片づけ。
何度も往復するよりマシと、母は軽い布団と毛布を持ち、残りの荷物全て私が担ぎwww
荷物まみれで玄関で父の車を待つ。

待っている間、全然騒ぐどころか、おにぎりを作ったり、荷物をまとめたりしている前で、ゲームをしている甥っ子2号や、起きてこない弟と義妹ちゃんの愚痴を母にぶつけてしまった。

ま、無事帰宅して荷物をささっと片づけて、初めての避難が終わりました。
7時には、ベッドにごろん。速攻で眠った。
起きた時には、いったいいつの何時なのか・・・時計を見ると13時だった。

夕方、兄が、避難をがんばった両親と私に、ステーキを食べに連れて行ってくれるというので、また寝ようとしていたが、愚痴をぶつけてしまった母と仲直りするために一緒に行くことにした。

美味しかった~。

我が家は免れましたが、被害にあった皆様、お見舞い申し上げます。







音楽フロアで流したいけど、カテゴリがブログになってちゃ無理だ・・・

民生なら、歌詞がはっきり聞こえて、私としては、嬉しいんだけどね。
こんばんは

今朝は3時半に起床。
みんなが起きる前に、シャワー。

今日は、めずらしく三食きっちり食べた。



一昨日かな~、私たち兄弟が小学生の頃から、家族ぐるみで仲良くしてもらっていたおじさんが亡くなったので、両親がお悔やみに行った話で。
おばさんのほうは、3年ほど前から認知症が始まっていたらしく、この3か月ほど会わない間に、症状がかなり進んでしまっていたそうだ。

まあ、なんだかんだと、他人の我が家で心配しても仕方ないことだけど、あれこれと話し込んだ。
認知症の症状も人それぞれ。
見聞きしたことのある症状と対応の仕方など話した。

それに、二十歳くらいの頃、同じ市内に暮らしていた親戚の伯父さんが認知症になっていて、息子・娘のいとこ達は既にそれぞれ家庭があって、遠くに住んでいた。
そのため、伯父のご近所さんが、「様子がおかしい」と我が家に連絡してきてくれた。
連絡を受けた私は、弟に運転させて駆け付けてみると、家の鍵を失くして夕方からずっと玄関の前に横たわっていたらしい。
粗相もしていた。

そんな話もしながら・・・。

もちろん他人事でもない。
うちの母は、忘れっぽい人で、私は私で、徘徊の前科がある。
母を物忘れ外来に連れて行った私。その数か月後に徘徊で強制入院。

話が逸れていき、私が徘徊した時の話から(記憶がほぼない)、母が。
「あんた、毎日、過去の事ばかり考えてないでしょうね?」と言ってきた。

申し訳ないくらいに、明日の事、1か月先のライブの事、2か月先のピグ終了の事・・・、そんな事しか考えていなかったもので、「ないない!ww」って言いましたけど。

他人の心の動きは見えない。
私がメンタル面で通院するようになってからは、見えない私の心を、常にマイナス思考なのではないかと母は想像してしまい、母のほうが爆発しそうになり、メールしてきたり携帯鳴らしたりしてくるようになった。
同じ家に暮らしてるのにね。
ま、母には階段を上るのが辛いからなんだけど。


そんなわけで、父からも「楽しい事だけ考えて生きろ。」とまで言われ・・・。

私は、毎日、出来る事だけして、楽しい事に走っています。はい。







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どれを誰にあげたか思い出せないけど、たまたま全部「ALIVE」でした。