2023年7月7日
雲ひとつない、蒸し暑い、蒸し暑すぎる日だった。
七夕の日に晴れることって珍しい気がする。
そう思って過去の七夕の天気を調べたところ、七夕の日に晴れたのは2017年以来だそうだ。
2017年というと、私は16歳。
その年母は、保育士として公務員になるために試験を受けることを決めた年だった。
43歳だった。
20代前半の若い人に混じって研修をして、私や弟に連立方程式を教わる母の背中は、小さくて大きかった。
多趣味な母は、バレエを習い、市民吹奏楽団に入っていた。
保育士の仕事をしながら、二つの習い事をして、試験勉強をする多忙な生活は、母の体を追い込んだ。
いや、単純に多忙という言葉で片付けていいものではなかったのかもしれない。
ああ言えばこう言う高校1年生の娘。
母がいないと何もできない中学2年生の息子。
うまくいかない職場の人間関係。
様々なことが母の体に影響していたのだと思う。
母の体調が悪い日が続き、仕事が終わって家に帰ってくるとほとんど毎日熱があり、
辛そうにしていた。
私も弟も、母の不調が通常になってしまい、労ってあげることができていなかった。
母は体調が悪い中、なんとか家のことをやってくれていた。
そんななか娘や息子は呑気に今日あったことを楽しそうに話しかけてくる。
イライラして当然だったと思う。
私は気づくことができなかった。
私も一丁前に「私だって疲れてる!」
「なんで話してるだけなのに怒られなきゃいけないの」
とイライラして、喧嘩も多い一年だった。
そんな年の暮れ
母の体が限界に達し始めていた。
勉強し続けていた公務員試験、当日は声が出ない状態で面接へと向かった。
母の細く高く通った綺麗な鼻が、が大きく腫れた。
大きな病院で検査をした結果、悪性リンパ腫だと診断された。
血液の癌だ。
「ハハ」と「ガン」の2つの響きを、私はまだ結びつけることができなかった。
そんな私の、母との6年間をこのブログに残していきたいと思う。
明日は母と父の結婚記念日
本当は七夕に式をあげたかったけど、金曜日だったので翌日の7月8日の土曜日に式をあげたらしい。
私が知っているカップルの中で一番仲が良い母と父の話も、残していきたいと思う。
何億光年離れている織姫と彦星が会えるのなら、現世の父とあの世の母も、会えたりしないだろうか。