以前の私は
義父母の面倒を見ることは
義務感だった。
嫁だから…という義務感。
でも、義務感は辛い。
「やらされてる」という
被害者意識から抜けられない。
仕事にしても
人のお世話にしても
「やらされる」のは辛いもんだ。
やらされている
(と思っている)時は
毎日、朝が来るのが辛かった。
また、奴隷の1日が始まる。。。
ぐらいの気持ちだった。
辛すぎて辛すぎて
心のことを沢山学んだ。
そして、自分の現状が
一部は思い込みによるものだと
分かった。
「やらされている」という
思い込み。
本当かな?
実際に「やらされている」
のでは?
それで試しに、ある時から
「どっちでもいいんだ」
という意識に変えてみた。
義父母の面倒を
見に行っても、
行かなくても、
どっちでもいいんだよ。
と、自分に言い聞かせてみた。
「でも行かないと怖い」
と、私が言う。
「何が怖いの?」
と、自分に問う。
「義父母が腹の底で私を恨んだり、
近所の人や、義姉達に
私の文句を言うのが怖い」
と、私が言う。
「その考えはもう捨てよう。」
もう一人の私が提案をした。
私は誰のために生きたいの?
周りの人の為に生きたいの?
私の人生は周りの人のもの?
「…違う!」と心の底から
明確に声が聞こえた。
私の声。
「私のために生きたいの」
だから、
自分の声を一番大切にしよう。
そう決心できた。
ある意味、本当の自立。
被害者からの脱却。
私の人生を、私が決める。
そう決めてから
義父母の世話をいつするか?
何をしてあげるのか?
私が決めるようになり、
あんなに辛かった朝が
辛くなくなった。
主体的になったことで
現実に、義父母との関係が
逆転した。
言われてやるのではなく
私が決めて、やる。
だからスケジュールも自由。
義父母の家に行くのも辛くない。
こんな日々が訪れるなんて
被害者時代の私が
想像できただろうか?
いや、想像できたから
気持ちを少しずつ切り替えたんだ。
あの頃の私も精一杯頑張ってた。
そして、今の自分に導いてくれた。
過去の辛かった私
本当にありがとう。
私はいつでも最高だな![]()
そう思えた。
思い込みは本当だった。
私が思い込んで
辛い現実を作った部分もあった。
ただ、もう一つ
思い込みではない部分も
現実にはあったんだけど
それについては
次回、整理してみようと思う。
今日もお付き合いくださり
ありがとうございました![]()