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昨日2回目心拍確認に行き、無事卒業となりました!
胎嚢6センチ
胎児2.5センチ
心拍+
卵黄嚢サイズも問題なしとのこと。
相変わらずつわりはゲーゲーなので、ずっとベッドで待たせていただき、今回妊娠では初の点滴もしてもらいました。
吐き気止めの薬も入っていたそうで、気分の悪さは変わらずですが、その日の夜〜翌日(本日)現在は吐くのが止まってます。いちおう効いてるのかな…
赤ちゃんは2頭身に成長しており、小さな手足が生えてもにょもにょ動いていました!
感動すべきところですが、エコーの大勢がきつくて吐きそうで、先生に見えますか?と言われてもハイ…と蚊の声しか出ませんでした![]()
つわりがあったので赤ちゃんの生存は信じていたものの、安心はできず、エコーでやっとホッとしました。年末からのマイコプラズマ肺炎からの卒業、長かった〜…
4歳娘には赤ちゃん元気だったよと、帰ってすぐ報告し喜んでくれました![]()
旦那は何も聞いてこないので報告してません。妊娠してんの知ってるのかな?![]()
次は母子手帳交付と産院受診、はぁつわり終わってくれたらさっと動けるのに…
いま食べれるもの
ゆかりごはん
りんごジュース
フライドポテト(後で後悔)
黒豆せんべえ
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さて今日は4歳娘の授乳について、振り返り記録したいと思います。
実は2歳半まで授乳していました。
もともと貧乳で母乳育児なんてできないだろうな〜と漠然と思っていて、ミルク混合で全然いいと思ってましたが、産院で産後担当してくれた助産師さんが母乳育児に熱心で(厳しくて泣かされた…)、
退院後に桶谷式を紹介されました。
厳しそう、怖そう、怪しい、高いし…
そう思ったけど、紹介された桶谷式の先生のとこに、生後2週間で行きました。
出迎えてくれた先生は当日、70歳くらいかなぁ…明るくてチャキチャキしてて、不安は一瞬で吹き飛びました。
わたしの貧乳でも母乳が噴水みたいにビューンと飛ぶんです。キモい話ですみません。
娘はすぐ横のベビーベットで大人しくしていました。
マッサージを受けながら、不安なこと、気になること、気付いたら、泣きながらありとあらゆる相談をしてました。
初産で、両家の祖父母とも飛行機の距離で、さらに当時はコロナ禍で行けできなくて、友達もいない土地で、産院にも気軽に相談できないことを、
先生は時に笑い飛ばしながらなんでも聞いてくれました。
母乳が出るようになるより、先生に会いたくて、話を聞いてほしくて、2週間ごとにずっと通いました。もう通わなくても大丈夫だよって言われても通い続けました笑
正直、安くはなかったです。
初回5000円で、そのあと1回ごとに3500円だったかな?でもでも、先生に会える安心感だと思えば全然。
娘が1歳半になり、コロナも少し下火になったので、大阪の実家に長期で帰ることになって、先生のところを卒業しましたが、実家からもたまに先生に電話しちゃうストーカーぶりでした笑
そのうち先生がご両親の介護で休業されるとなり、連絡は途絶えました。
2歳を超えても、眠いとき、悲しいことがあったときは、必ずおっぱいに来ました。
その頃にはもう飲むってゆうより、くわえたら安心してスゥーっと寝ちゃう感じで、ただの安心材料でしたが。その寝入っちゃう顔がもうかわいくてかわいくてかわいくてかわいくてかわいくてかわいくてかわいくてたまらなくかわいくて…(しつこい)
わたしが卒乳できなかったんです。かわいすぎて。震えるほどかわいくて(しつこい)
でもからだが大きくなってきて、さすがにお膝でおっぱいはもう厳しくて、2歳半で卒乳の決意をしました。
入念に計画を立てました。
まずカレンダーの卒乳の日に印をつけて、娘に説明しました。毎朝、今日は何月何日。あと何回ねんねしたら、ぱいぱいバイバイだよと。
娘はなんでバイバイなの?と疑問を持ちつつも、理解してくれたようです。
卒乳当日、これが最後のぱいぱいだよといってお昼寝で最後のぱい。いつも通り、くわえ瞬間安心して眠りました。はい号泣。わたしがね。
今まで幸せな時間をありがとう。
娘が産まれて初めておっぱいをくわえた瞬間からいままでのことが、ほんとに走馬灯のように流れて、涙が止まらなかった。
(そして思い出して今また泣いている)
わたしの貧相なおっぱい。
途中から右しか出なくなって。
乳首が伸びて豆みたくなって。
それでも文句ひとついわず(言えないんですが)今までいっしょに育児してくれてほんとにありがとうと。
その日の夜、おっぱいがない初めての夜。
秘密兵器としてディズニードリームスイッチを用意しました。まだディズニー映画を見たことない娘。かわいいキャラクターが天井にうつると、おっぱいなんてそっちのけで夢中になり、そしてミッキーのやさしい声にいざなわれて眠りにつきました…なんと呆気ない卒乳。
2年半、毎晩毎晩おっぱいだったのに。
なんと翌日以降もまったくグズることなく、これが娘の卒乳となりました。
第二子妊娠にあたり、おっぱいが少し張る日があって、そういえば娘の授乳は…と思い出して、あの頃は大変だったけどなんと幸せな時間だったかと改めて、記録したくなりました。ひょっとしたら、記録しなくても、わたしがおばあちゃんになっても忘れないかもしれないけどね。
第二子についても母乳、ミルク、こだわりはありません。でもまたあの先生には連絡してみようと思います。きちんとお礼を言いたい。