お盆やお彼岸になると、墓仕舞いの話題が
ニュースになることが増えます。
散骨型霊園の代表者の実感としてですが
お墓を仕舞う方は確実に増えています。
那須の丘にあるお墓を仕舞う、ということではなく
ご実家のお墓に預けられていた墓石を撤去して
ご遺骨を那須の丘に散骨する用意をされている方が
今年に入って2組や3組ではない、ということです。
先日も、近隣のお坊様とフランクにお話をする機会があり
檀家さんの「お葬式」「お弔い」への姿勢の変化が著しく
エネルギーもお金も費やさない方が増えていて
お墓のありようも変化しているというお話を伺いました。
そんな中でも「お墓」を必要とされる方が
いらっしゃるのは何故でしょう?
直接「お墓」という話ではないんですが
2023年の夏に宇多田ヒカルさんが
亡きお母様のことを思い出して
語られていたことが印象に残っているので
そっとシェアさせて頂きます。
「人が亡くなっても、その人との関係はそこで終わらない。
自分との対話を続けていれば、故人との関係も変化し続ける」
大切な方を亡くされて、少し時間が経った方にとっては
ほんのりと、心当たりがあるんじゃないかと思いました。
時間の経過とともに新たに気づく
自分の感情。
亡くなった方の生前の言葉に
直接聞いた時とはまた違う意味を
ふと、見つける瞬間のこと。
そんな小さな気づきを感じるのは
お墓に訪れる時や
お墓に向かう道中であるかもしれません。
お墓に足を運ぶ、五感を使う非日常な体験は
故人との関係性を死後もなお紡ぐきっかけです。
死後の魂のありなしの話とは別に
死んだら全て終わりとは言い切れない繋がりが
心の中には確かにあるから
みなさん、霊園に足をお運びになるのだと感じます。
宗教とか、崇拝とか、弔いとか、興味ない。
そうおっしゃる方が増えても
故人を思い出すトリガーとしての「場所」があることは
その故人に対して、今、仮にどんな感情を持っていたとしても
今を生きる人間にとって
まだしばらくは、必要なことなんじゃないかな、と思います。
ですので、いつか霊園が必要ではなくなる時には
契約終了も容易なように。
利用者様がいつか明るい気持ちで
その決定ができるように。
もし利用者様に不測の事態が起こっても
誰も困らないための運用ルールを
那須の丘では整備しています。
