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MY WAY 〜ハイハイからのつかまり立ち〜

おかあさん、ほしいモノ
ちゃんと、手をのばしてつかんで
ジブンで立ってから歩くんだよ

赤ちゃんは教えてくれる
なりたい に成長していけること

そうだね
今までずっと、誰かや何かにもたれかかってた

〜 まず、つかまり立ちから始めようと思う 〜

 

 

東京で開催された勉強会に参加してきました

 

 

新幹線でサクサクっと行ってきたのですが、

 

いつも利用するのは品川駅の方が多くて

 

東京駅は1人で行くのは初めて〜むらさき音符

 

 

でも日帰りだったので時間に余裕がなくて

 

東京駅を横目にそそくさと乗り換え

 

(観光気分で内心わぁブルー音符

  ってワクワクしてたのにw)

 

 

 

普段から、じぶんへの投資として

 

いい!欲しい!と思ったものは、

 

すぐさまじぶんに取り入れる

 

ってことを大切にしているわたし

 

 

欲しいものを、欲しいって思った時に買ったり

 

会いたい人に、実際に会いに行ったり

 

 

でも全く無思考に

 

どんなものでもポンポン買ったり

 

誰にでもホイホイ会いに行くってわけじゃなく

 

 

『この人』が紹介してくれるから使ってみようとか

 

『この人』が開く講座だから学んでみようっていう

 

”どんな人なのか” の部分がすごく大事で

 

その基準はズバリ、

その先の未来が欲しいかどうか照れ

 

 

 

その人自身が、

 

普段からどんな風に日常を過ごしていて

 

どんなことを考えて生きている人間なのか

 

 

どんなことを大切にしていて

 

どうなっていきたいと思っているのか

 

 

結果、どんな人生を歩んでいる人なのか

 

そこにじぶんが欲しい未来があるかどうか照れ

 

 

興味のあるテーマだけを基準にして

 

どんな人が教えてくれるかを知らずに

 

ただ学びたいって思って学びにいっても

 

 

上から目線で偉そうに話す人だったり

 

もし、じぶんと合わない人だったら

 

学ぶ意欲がガクッと下がってしっかりと学べず

 

お金や時間のムダ使いになってしまう

 

 

それとこっちの方が大事なことだけど、

 

イヤな思い出だけ残ってしまって

 

そのテーマを学びたくなくなり

 

”じぶんに取り入れられたかもしれない可能性”

 

をもつぶしてしまうかもしれない

 

 

可能性をつぶすことは

 

その人にとっての世界を狭めること

 

 

それは子どもがイキイキと語る夢を

 

『叶いっこない』

 

『君はそんな人になれない』と

 

片っ端から潰していくように恐ろしいこと

 

 

 

だから、じぶんに合わない人から学ぶことは

 

大切なじぶんの時間やお金をドブに捨てるようなもの

 

 

だったら、その興味のあるテーマを

 

じぶんで自習したほうがマシなくらい

 

 

学びをきっちりとじぶんのものにするには

 

学生時代に、面白い先生の授業は

 

楽しみにしていたように

 

じぶんが好きと思う人から学ぶことが一番

 

 

これが、

 

普段から、じぶんへの投資として

 

いい!欲しい!と思ったものは、

 

すぐさまじぶんに取り入れる

 

ってことを大切にしている理由です

 

 

 

でも、自分への投資 とか

 

カッコいいこといっちゃってますけど

 

 

子どもがオモチャとか

 

ぬりえセットを欲しがるのと

 

あんまり変わらなくて

 

ただそれがどんなものか使ってみたいから、使うし

 

それをやるとどんな感じか知りたいから、やる!

 

もうとにかく、欲しいから欲しい!みたいな

 

動機はそこだから、

 

時間やお金をムダ使いしたくないから

 

じぶんが欲しい未来があるかどうかかが大事なんです

 


 




 

子どもがオモチャに飽きて

 

どんどん新しいものを欲しがるのは

 

面白いと思える”楽しさ”がないから

 

もう反応(パターン)が分かっちゃって

 

新鮮さがなくなるから

 

それを”好き”で居続けれなくなった

 

 

 

読み聞かせを何度もねだるように

 

その子にとって”楽しい”

 

”好き”なオモチャなら子どもは

 

何度もずっと遊び続けますからね


 

 

 

今回の学びも

 

わたしにとってのオモチャであり

 

もうとにかく、欲しいから欲しい!の一部

 

でも、カッコよくいえば自分への投資ですw照れキラキラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うちの小学生の子どもが

 

壁にぶつかりながら転げるほど慌てて、

 

洗面台にいって水道で指を流していた

 

 

どうしたのかと尋ねると

 

 

瞬間接着剤を触っていて

 

指が一瞬でくっついたと。w

 

 

(前にじぶんがそうなった時のこと

思い出しちゃうから、さらに笑いが止まらないw)

 

 

 

めちゃめちゃ焦って

 

ダッシュで洗いにいったおかげで

 

幸いにもくっついた指は離れた

 

 

(わたし的には離れなかったら面白かったけどw)

 

 

 

この出来事のおかげで、

 

彼はきっと

 

次に瞬間接着剤を触るときには

 

最新の注意を払うだろうw

 

 

 

 

瞬間接着剤がいかに

 

”一瞬”でいかなるモノもを

 

くっつけてしまうもので、

 

 

くっつけたいものをくっつけるには

 

”一瞬”でくっついて、とっても便利だけど

 

その作業をするときに

 

 

あなたの指どうしがくっついたら

 

めっちゃヤバいよ♡

 

 

ってことを、

 

いちいち説明する手間がはぶけたw

 

 

 

子どもがまだできないことを

 

母であるわたしがお手伝いをすることで

 

色んなことを

 

日々たくさん学ばせてもらってるけど

 

 

子どものほうも同じように

 

子どもという立場で

 

たくさんのことを自然に学ぶ

 

 

 

わたしが幼いころに

 

言葉や態度によって教えこまれてきた

 

『常識』とか『しつけ』というもの

 

 

(知らない人にでも)

あいさつをキチンとしなさい とか

 

年長者(先祖)を敬いなさい

 

という漠然としたものから、

 

 

あれはダメ、

 

それをしちゃいけない 

 

という細かい指示まで

 

 

幼かったわたしは

 

それが生きる術だと思いこみ

 

 

その本質的な意味をわからず

 

ただのノウハウのように

 

そのルールに従ってた

 

 

 

 

もちろん、教えられたことは全部いい事で

 

子を想う気持ちも込められてはいて

 

その後の将来に役に立つものも多かった

 

 

 

 

でも表面だけなぞるように、

 

ただ無意味にそう振る舞っていても

 

それは外側だけ

 

 

 

口先だけで言葉を発してたり

 

態度だけをそれっぽくしていたり

 

 

 

本当の意味での、気持ちの込もった

 

内側の心からの行動ではないことを

 

じぶんの経験から

 

イヤというほど分かってたから

 

 

 

だからこそ、じぶんの子どもたちには

 

『常識』や『しつけ』

 

『これやると危ないよ〜』を一応教えるけれど

 

それを受け入れるかどうかまでは干渉しない

 

 

 

子どもが納得したうえで受け入れるものが

 

その子にとってのホンモノだと思うから

 

 

 

 

子ども自身が、例えば

 

コミュニケーションを円滑にするには

 

あいさつが必要だ、と思えば、

 

自発的にあいさつするようになるだろうし

 

 

尊敬する憧れの年長者がいれば、

 

教えなくても敬うだろうし

 

 

 

そうやって実体験から

 

学んでいくことを大切にしたい

 

 

 

必死で、常識やしつけを教え込まなくても

 

子ども自身のタイミングで勝手に学ぶし

 

その子なりの解釈で学べばよいと思う

 

 

こんなの方法もあるよと教えはしても

 

何を選びとるかまでは強制しない

 

 

 

だから、うちでは

 

あれこれするイタズラという名の

 

彼らなりの実験も基本的に放置なので

 

 

 

たまにこんな風に、

 

指がくっついたりw

 

血を吹き出してたりw

 

面白い出来事がたくさん起こる

 

 

 

こちらが必死で、

 

常識やしつけを教え込もうとすると

 

あちらも必死で跳ね返そうとしたり、

 

 

表面上は受け入れたように見えても

 

ただのフリだったりするので

 

 

そんなことに大切なエネルギーを

 

お互いについやさないで

 

 

 

 

指くっつきそうだったね〜

 

ヤバかったね〜w

 

 

って面白がって笑える方に意識を向けて

 

楽しく過ごせる時間が増えたら

 

 

 

ママの笑顔がさらに増えて

 

子どもにガミガミ言うこともなく

 

家族みんながもっと幸せに

 

毎日を笑って過ごせると思いますラブラブ

 

 

 

 

 

 

 


父が、逝ってしまった

〜 大きな愛を遺して 〜




父が入院して2、3日経った頃に

『もう、ダメか? ダメだろう?』って

わたしに尋ねたことがあった


父はいつも主語が無く、

唐突に話し始めるので


一瞬、何のことやら

意味が分からなくて

返事をしなかったけど、


後で考えたら、あれは多分、

自分の病状について聞いてたんだなぁって思う


わたしはその時はまだ、

その後に起こっていく展開を、

予想もできてなかったから


すぐに良くなって、

また家にかえって来ると思ってたから、、



食べることだけが楽しみだったのに

食べ物を摂ることができなくなっても

食べたいとねだることもなく

ただただベッドの上で、眠り続ける父



でもその様子は

何かに耐えるように腕を組み、

眉間にシワを寄せてジッと眠ってた

家で過ごせていた時の眠りかたとは違って

とても穏やかで、安心した様子だった




でも、わたしにとっては

突然にやってきた


父の死が、もうすぐそこまで

迫ってきているという

とても信じ難い現実は、

なかなか受け入れらなかった



ある時、病室のベッドで

いつものように手を握って

父に話しかけている時、

感極まって涙が止まらなくなってしまった



そしたら、

それまでボンヤリしていた父が

わたしが泣いてることに気づき


慌てた様子で、

心配そうな表情でわたしを見つめ

まるで小さな子供にさとすように

『大丈夫、大丈夫だよ。』

って何度も何度も励ましてくれた


自分が大丈夫じゃないのに、

人の心配してる場合じゃないのに。



気持ちを素直に表すことがヘタだったけど

心の中に優しさをいっぱい持っていて

いつも笑って周りにたくさんの愛を分け与えていた



認知症になり、

それまで出来ていたことが

だんだんできなくなっていくことで


恐がりな父が

どれほど不安な思いで

毎日を過ごしていただろうか


そして、そんな父のもとに

自ら戻ることを選んだわたし


短い間でも

側で見守ることができたこと

父の大きな愛に気づくことができたこと

バラバラになっていた家族がまたひとつに戻れたこと


全てのことが、

父の死という大きな代償のもとに得たもの

そのことに、ただただ、感謝が沸いてくる



子どものころにはできてたのに、

いつの間にか、こう言えなくなって忘れていた


大好きだよお父さん♡


居なくなっちゃって寂しいよ、、

わたしの作ったご飯を
ウマイなぁって食べてくれることも

ふざけてトボけて笑わせてくれることも

孫を見つめて、幸せそうに笑うことも

もうないんだなぁ



今までよく頑張ってくれたね

一緒に過ごす時間をくれてありがとう

たくさんたくさん遺してくれてありがとう


大好きだよ、お父さん

ありがとう、お父さん

また会えたらいいなぁ、、



 

 

 

〜じぶんにどんなアプリを入れてあげたいですか?〜

 

 

 

バスケをやってる息子

 

それまでお遊び感覚でやってたのに

 

突然、クラブチームに入る決断をしたグー

 

 

先日、プロバスケの試合で選ばれ

 

プロ選手の入場エスコート役をこなした息子

 

 

その時に、

 

うまれて初めて間近で見た

 

プロバスケットボール選手バスケ

 

 

その圧倒的なカッコ良さにもう

 

ずっきゅーんハートドンッ左差し と来たらしいw

 

 

そりゃそうだ。

 

わたしから見ててもカッコ良すぎた爆  笑

 

 

ちゃんと鍛えているからこその

 

柔らかくてしなやかなフォームで

 

華麗にシュートを打つ姿は芸術的でバレエ

 

 

スリーポイントエリアからでも

 

まるでゴールに吸い込まれるように

 

ボールがスッポスポ入っていく様子は

 

すばらしい魔法のようだった乙女のトキメキ

 

 

 

そんな憧れのすごい選手たちと

 

気さくに会話したり

 

しっかりと手をつないで

 

入場をエスコートしたりして

 

間近で触れあった

 

 

 

そんなリアルな経験は

 

彼の中にデフォルトとしてインストールされ

 

それまで思い描いていたゴールも

 

当たり前にアップデートされる

 

 

 

で、ゴール設定が書き換わった彼は

 

そこへ向かうための選択肢のひとつとして

 

『クラブチームバスケ』というアプリを選択して

 

じぶんに入れてあげることを決めたということ

 

 

 

ゴール向かうためのアプリはたくさんあって

 

何を選んだとしてもゴールには近づいていくんだけど

 

 

彼はじぶんで、

 

じぶんに入れてあげたいアプリを選び

 

『クラブチームバスケ』というアプリを

 

じぶんに入れてあげることによって

 

ゴールへ向かって歩みはじめたということ

 

 

どんなアプリを入れるのかは

 

じぶんがじぶんに選んであげて良い

 

 

 

〜在りたいじぶんであるために〜

 

あなたはじぶんに

 

どんなアプリを入れてあげたいですか?

 

どんな方法でそこへ向かいたいですか?

 

 

 

 


 

 

 

 

 

まず、想いが生まれる。

 

そしてそれをどんな風に

 

どんなカタチで表現するかは、

 

ヒトそれぞれだし、自由。

 

 

ヒトの数だけ表現方法はあって

 

それが個性ということ

 

良い、悪いの『差』ではなく、ただの『違い』

 

 

 

 

遠くからでも父のお見舞いにと、

 

挨拶に来てくださる方が多くて、

 

ちゃんと大切に想ってもらえてよかったね〜

 

 

言葉を交わし、誰だかわかると

 

『あー。にこ』と笑顔を見せる父

 

 

いや、本当に分かったのかどうかはナゾだけどね

 

 

こうやって心の中に芽生えた想いを、

 

行動を通して表現するヒトがいる

 

 

そして、その一方で

 

心の中に芽生えた想いを、

 

行動して表現しないヒトもいる

 

 

現実を直視できないから

 

見たくないものにフタをしてしまうヒト

 

 

行動することを通して表現するもの

 

行動しないことを通して表現するもの

 

その表現方法、もさまざま。

 

 

だけどみんなそれぞれの

 

ちゃんと心に芽生えてる

 

『想い』があること

 

 

みんながそれぞれの

 

最善を尽くしているということは同じだね

 

 

みんなちゃんと思いあってるねハート

 

 

 

 

 

 

ボディケアセラピストとしても活動しているわたし

 

 

色んな人のボディに触れさせて頂く機会が多いのですが

 

 

施術していくうちに

 

最初は滞っていた箇所がスッキリ流れていったり

 

コリがほぐれて柔らかくなっていったりと、

 

 

人によってそれぞれ違いがあるものの

 

明らかに変化がわかる人もいて

 

 

その変化がとっても興味深くて、

 

ヒトの肉体って素直で面白いなぁと。

 

 

時間制限さえなければ、

 

飽きるまで何時間でもやってられるくらいなので

 

ヒトの肉体をこねくり回すのが好きかも

 

 

バリ島で暮らし始めてからだから

 

すでに、7年ぐらいはこねくり回してるのか照れ

 

 

飽きっぽいわたしがそんなに続いてるとは

 

まだまだ奥が深いってことかな

 

 

 

手技のレパートリーを増やすために

 

新しい講師をお招きしたので研修に参加してきます

 

では

 

 

 

 

 

父が入院して一週間。


さまざまな想いや感情が

一気に吹き出してきて止まらない



ついこの前まで、

自分で箸を使って食事して

歩いて移動してトイレに行き

布団の上げ下ろしまでやっていて


孫たちの会話をニコニコと聞き

時々その会話に加わりたくて

ナチュラルに意味の分からない事を話し

え? っていつも通り

場を凍りつかせてたけど

でもハッキリと発語しちゃんと

話すことができていた



そんな風だったのに

ほとんど食事を摂れなくなって

もう2週間以上経つから

痩せこけてしまって

話すことも難しくなって

病院のベッドで

眠り続ける姿がいまだに信じられない


食べること、飲むことができず

今は点滴だけでやっと繋がってる命



会社経営者だった父は仕事人間で

いつも忙しそうに電話で

得意先と話していた印象しかない



子どもと関わることに興味がなく、

一緒に遊ぶことや、会話もほとんどなし

そんな風でもお父さんなので

小さいうちは甘えたりするけど

受け容れてもらってないことや

うっとおしい、邪魔だという思いを

言葉や態度から読みとれるようになり

やがて関わりを持とうとしなくなる

 

のは自然なことだった





でも、

成長し大人になったわたし達は

 

そんな父だったからこそ得られていたモノや

 

たくさんの愛に気づくことができた

 

そして感謝と敬意を持って

 

 

認知症と診断が下され、

 

だんだんと機能が低下してしていく様子を見守り

残り長くはないであろう

 

共に過ごすせる時間を存分に楽しんだ



今後について

延命処置をどこまでするのかしないのか

担当医に、家族でよく話し合って

決めておいて欲しいと言われた


この決断によってこの先の

父の命の長さがある程度決まるということ



意思表示ができないので

本人がどうしたいのかが分からないから



恐がりの父が、怯えていないかな

自分の身体の状態を分かってるのかな

少ししたら退院できると思ってるかな

もしかしたら、

もう自分の状態を理解していて

受け容れようとしてるのかな

そうだったら

家に帰りたいよなぁ きっと。


いろんな想いが頭をよぎる

 

ただ父の意思がどうであれ、

 

身体の機能は、弱まる一方だという現実

 

 

今後どんな方向へ向かうとしても

 

わたしは、感謝と敬意を持って受け容れようと思う


 

 

三男といっしょに

親子料理教室に行ってきました〜カレー

 

すごく人気があって

参加するのに倍率が高かったけど

 

ダメモトで応募して見たところ

参加権を見事にゲットできて大喜びの息子!

 

この日を心待ちにしていて、

ルンルンで出かけてきました音符

 

 

さすが人気の料理教室!!

たくさんの親子が参加していて、

 

グループごとに分かれて

それぞれで調理をしていくというスタイル

 

 

子どもひとり+保護者

で参加している親子が多く

 

だいたい1グループにつき

3〜4組の親子で構成されている中

 

 

私たちのグループには

子ども3人+保護者と

うちの子+私の、2組の親子のみ

 

 

低学年の長男くんを始め

全員が男の子の3人兄弟で、

始まる前からワイワイ元気いっぱいだった

 

 

お母さんに向かって

 

『ねぇねぇ、今から何つくるの?』うーん

 

『カレーだよ』

 

『ぼく、お茶のみたい!』ぶー

 

『これ、なぁに〜??』ねー

(食材をつんつん手

 

『さわっちゃダメ!』

 

『ねぇ、お茶! のみたい!』おーっ!

 

『え、お茶?ちょっと我慢して、、』

 

『やだー、のどかわいた〜!』おーっ!

『エプロンのひも縛れなーい』ショック

 

『はい、はい。』

(ひもを縛りながら)

 

『こっちは、なぁに〜??』ほっこり

(また食材をつんつん手

 

『あ、さわっちゃダメだってば!』

 

『お茶のみたぁぁぁぁぁい!』ガーン

 

 

と、それぞれが一斉に

 

違うことを話しかけていてるのに

 

 

きちんと聞き分けて

 

テンポよくそれぞれの子に対応している

 

お母さんの神ワザキラキラ

 

 

そんな様子を眺めながら

 

ウチもこんなんだったよなぁ〜おねがいうるうる

 

って懐かしんでたり(人ごとだからねw)

 

 

 

 

うちも男の子4人兄弟で

 

男子という生き物のパワフルさを知ってるので。

 

 

でもこうやって人ごととして見ると

 

ほんとうに大変なのに、

私もよくやってたなぁって自分に感心照れうんうん

 

 

 

そんなこんなで、調理がスタート!

 

子どもたちもみんな張り切って

 

イキイキした表情で

 

野菜を切ったり、炒めたり音符

 

 

子どもの人数に対して大人が少なく

 

危なっかしい場面もあったけど

 

何とかみんなで楽しく作ることができました〜ルンルン

 

 

 

 

でき上がったカレーとゼリーカレー

 

 

みんなで楽しく食べてごちそうさま〜拍手

 

 

最後にアンケートとして

 

今日の感想を書くための用紙が配られて

 

子どもたちが記入しようとしていた時

 

3人兄弟の上のふたりが何やら揉めはじめた

 

と思ったら、あっという間に殴り合いのケンカに、、、。

 

 

先に手を出してきた弟に

 

完全にキレてしまったお兄ちゃんロケット

 

 

手加減なしのキレのいい

 

パンチとキックで弟を一瞬で打ちのめしたキラキラ筋肉

 

 

と、思ったら、

 

トドメを刺されたのに起き上がって

 

向かって行くガッツのある弟くんビックリマーク

 

 

お兄ちゃんに殴りかかって行った〜グームキーッ

 

 

と、ここでやっと騒ぎに気付いて

 

弟くんを押さえ込みにかかるお母さん

(ほんとお疲れ様ですタラー

 

 

でも、お兄ちゃんにやり返すことしか頭になくて

 

それを、あとちょっとの所で抑えられた

 

弟くんの怒りのエネルギーは凄まじいパワーで、

 

行き場を失って、しばらく大暴れしていた

(お母さん、ほんとお疲れ様ですタラー

 

 

 

本当は、お兄ちゃんが自分のエンピツを

 

勝手に使ったのが気に入らなかった弟くん。

 

 

だけど、そんな事情をまだ言葉で説明できなくて

 

お兄ちゃんにはボコボコにされるし、

 

お母さんには誤解されて自分のせいにされるし、

 

悔しいし、悲しいし、かっこ悪いし、眠たいしで

 

踏んだり蹴ったりだったはずで、

 

何だかかわいそうだったけど

 

 

 

ウチの子たちは、

 

もう言葉で説明できる年頃なのに

 

いまだに殴り合いのケンカをするし

 

 

よく事情を聞いたり、様子を見ていると

 

ケンカの直接の原因なんかはどうでもよくて

 

 

最終的には、

 

言い分を聞いてくれなかったとか

 

からかって嫌なことをしてきたとか

 

自分のメンツを保つためだったり

 

 

それを正当化するために

 

筋の通らないことを言ってることが

 

本当は分かってたりw

 

 

 

結局じぶんでも

 

何でケンカになったのか分からなかったりw

 

 

そんな感じだから

 

要は、

 

『ケンカがしたくてケンカしてる』みたいな

 

 

まぁ、ジャレ合いの延長で

 

愛情表現の一種ですよねラブラブ

 

 

だから男子のケンカは放っておけばいい上差し

 

 

 

 

こうやって兄弟喧嘩を積み重ねて行くうちに

 

からだや心の痛み、色んな感情、

 

敵わない相手もいることや、

 

 

それでも、

 

相手を倒すために向かって行くガッツとか筋肉

 

 

男兄弟の中で育ったからこそ経験できることで

 

色々なことを学んでいくんだろうし

 

 

って思うと、

 

言い合いも殴り合いのケンカも

 

やりたければ、どんどんやれば良い音符

 

 

 

ヘタにそのエネルギーを押さえ込もうとすると

 

圧倒的なパワーで、こっちがヘトヘトになるから

 

 

男子たちは、勝手にジャレ合ってもらって

 

実体験を通して

 

自ら学んでいってもらったらいいなぁ

 

と思います照れ

 

 

 

なので、

 

ウチでは兄弟喧嘩が始まると

 

小さい弟を連れてその場から静かに去ります

 

 

観客のいなくなったリングで

 

彼らがどんな戦いを

 

繰り広げてるかは知りませんが

 

 

きっと、我にかえって、

 

ひと段落ついたら終了しているのでしょう

 

 

しばらくすると

 

何事もなかったかのように過ごしてるのでw

 

 

ほんとう仲良しだわラブラブ

 

 

 

 

 

 

 


潜在意識にインプットさせるつもりで

愛の暗示を与える実験をしたことがある

(というか、今もやり続けてるけど)




何年も、何年も

毎晩、毎晩、

子どもに、


眠る前の絵本を読むかわりに




ママがどれだけあなたを大好きで



あなたが産まれてどんなに嬉しくて


こうして一緒にいられることが


ママにとってどれほどハッピーなのかということ


ゆっくりと、丁寧に、何度も何度も伝えた




毎度、毎度、同じ話をするのに

子どもからは毎回、新鮮な反応が返ってくる



心からの信頼を寄せてくれて

私にだけ見せてくれるとびきりの笑顔で

ぼくもママが大好きだよ❤️と言ってくれる

その表情や仕草がたまらなく愛おしくて


また何度も、愛の暗示を与え続けた。




今ではすっかり成長して

反抗期という顕在意識のフィルター機能が完成し



以前のように潜在意識に語りかけることが

なかなか難しくなってきている




ふと、

毎晩、毎晩、

愛の暗示を与え続けてた


あの頃のことを

懐かしいよね〜♡ って話したら



『は?何のこと⁇』だと。




えー!

まさか?

記憶になかったー!


なんてこったパンナコッタ



あんなに、

毎晩、毎晩、何年も、何年も

同じ話を、何度も、何度もしてたのに⁈



そうか、記憶にないということは

すでに潜在意識に定着したということ。かな? 逆に。



ま、いいんだけど。



じゃ、忘れてるならってことで

久しぶりに、当時のテンションで

子どもの布団にお邪魔して、愛を説いてみた。



ニコッと笑ってくれて可愛ゆかった。




そして、


『わかった、わかった、はいはい。』

って、いつのまにか魔法みたいに

スーッと部屋から追い出されてた



追い出されながら、



私だけに見せてくれたとびきりの笑顔は?


あの笑顔 まだ見てない。って思って



また部屋に侵入して

さっきの続きをと話し始めたら




『もう、わかったってば。話、長いんだよムキー



チーンでした




すっかりできあがった


自我のフィルターによって


見事に弾かれてしまいましたとさ。寂しい汗





潜在意識に


愛の暗示を与えるなら


自我が確立される10歳前後まで



それ以降は、こんな風に見事に弾かれますので


なにとぞ、お気をつけくださいませルンルン








全てのものは

想いから始まって創られている



想いがカタチになったら、、、

そうなった未来を

想像してから

創造されるので


まずはじめに、

どんな想いを持つかが

創造のタネとなる



想いは誰もがすでに持ってるし


誰の中にもあるもので


それをどう表現するのかは


どう創造するのかはそれぞれの自由




物理的なモノという形であれ


五感で感じる、体感するという形であれ


概念を共有していくという形であれ


どんな風に表現し、体現していくのかは


それぞれの自由で個性的なもの



そうするための材料は


この世に溢れていて



思い描いた未来をカタチにするために


何を選ぶのか


どうしていくのか


全てを自分で選びとっていける




この時代に、


いまの自分として生まれたわたし



この、今のわたしにとって


どんな未来を創造してあげたいのか


想いをどんな風にカタチにしていきたいのか


選択肢は無数にあって


何を選ぶのかは自由


全ては自分で選びとっていける