仕事仕事仕事仕事。
仕事に追われた一月でした。
なんか、やりたいこともあったのに仕事休めなさそうで、いま我慢すべきなのか、いましか出来ないから我慢せずにやってみるべきなのか自分で決めかねてしまっている。どうして、仕事ってこんなに大変なんだろう。仕事をするのが嫌なんじゃなくて、時間を自由に使えないのが嫌だ。普段は別に良いけれど、こんなときすごく気になる。日本だからなのかな?
海外に飛び出したい。
って考えながらも、結局動くにはお金だよな、じゃあ仕事しないとな、って感じで動くに動けない。なんかグダグダ言ってるけど、どこかで型にハマっていたくて、でもいざ型にハマるとちょっと窮屈で、じゃあどーすりゃおまえは満足なんだ!と自問自答する人生でございます。
普通の幸せに満足すべきなのか。だけど普通の幸せなら、結婚して子供を産む、そんな生活をしたいよ。それはそれで人やタイミングの問題があるから難しいでしょう?自分一人で気ままに暮らすのと、誰かと人生を歩むのは、どちらが簡単なんだろう。わたしにとっては誰かと人生を歩むほうが想像しやすい。手に職があるわけでもなし、女ひとりでいつまでプラプラしてるんだ、とか、やっぱ女は子供産める年齢に制限があるから気にしちゃう。そんなこと気にせず、自由にしたいならもっと頭の中も自由にしちゃえば良いのに、変なとこだけ頭カタイ。時代錯誤した田舎のがんこ親父みたいで、自分でも困るんだ。そのくせ現代的な感覚も持っているから男女平等だよな、とか叫びたくなって余計に困る。
それにしても。
仕事のために、我慢したり犠牲にしたりするものがあるなら、なんのための仕事なんだろう。
やっぱり、せっかくいましか行けないかもしれないチャンスを、仕事のために放り投げたくなかったりする。でも職場では立場的にとっても弱いから、たった1週間でも休むと針のムシロなのよよよ。しかも、昔実際に、海外行くからって休み取ったら翌月クビ宣告されたことあってし。
クビになっても、派遣ならまた別の仕事があるはずで、それはそれで良いんだがいまのとこは他のしがらみもあって逆に、クビにもならず居心地の悪さだけを感じそうでちょっと微妙。仕事内容も気に入ってるし、外からの情報をシャットアウトして生活すればそれなりに幸せだ。でも全く違う世界の、でもわたしが知っている世界のことを外から聞いたり誘われたりしたら、いまの自分がいる場所をクソつまらない、退屈な場所にしか捉えられなくなる。
どこにいたって楽しむのが人生?
そんなの、本当に自分に合った世界を、華やかで甘くて幸せな世界を知らないから言えるんだわ。

なんてダラダラした月記になってしまいましたが。
仕事がしんどいです。
日常が退屈です。

でも抜け出せない、ここは緩やかな地獄。

わ。
なんか厨二っぽくなってしまった。