空と大地と海を駆ける
GoogleMapのストリートビュー機能
観光名所やホテルの中を360度カメラで
自由に歩ける所が増えています。
行く前のイメトレに最適だったり
行った場所思い出したり
🌀ぐるぐる周りながら観ていると
楽しくなり時間を忘れてしまいそう。
先日の記事に
「東京麹町から湘南藤沢へ越した」と
書きましたが、今日なんとなく気になり
藤沢の家は今どうなっているのか?
見てみました。
70年代築の50年もので
別荘造り
もう解体されているだろうなぁ...
ん?
んんん?
色も形もそのまま
ある!
しかも、内観360度ビュー!!!
ええええー( ⊙⊙)!!
今のオーナーさんは
何代後の方かわかりませんが
一棟貸しのリゾート物件として
現役で使われていました。
まぁ当時としてはおしゃれな
建物だったとは思います。
玄関入って、すぐ和室
綺麗になってる!
奥のキッチンとリビング
色は当時のまま
活かしてくれてるんだな
二階上がってすぐは姉の部屋

二階奥の妹の部屋も
私の部屋も面影がある

こんな物を見せてもらえるなんて
上の世界からのプレゼントのように思います
ちょっと高いけど
泊まってみようかな😅
小田急線片瀬江ノ島駅徒歩4分
新江ノ島水族館徒歩3分

1982年、家のすぐ前で撮った写真です。
割とボロいのが来ること多い江ノ島線に😂
ちょっとかっこいいのが来た~って感じでパチリ
最近、10代
いやもっと前も含めて
かなり昔の出来事を夢に見ます。
懐かしく思い出せることは嬉しいです。
母を10歳で亡くし、父は16歳時に。
早くから大人社会とは向き合っていました。
初めてのTV出演は4歳だったか...
芸能事務所に所属しており小学生時代も
結構、仕事欠席が多かったかも →
通信簿発掘したら本当に欠席多し😂
…姉も妹も同じ世界に
母の影響は大きいと思います
周りの大人の方々にお世話になりました。
レギュラー番組出演ふくめ恩忘れない堺正章さん
堺さんを後年「真のエンターテイナー」と
評する方は多いですが
現場で生で感じていました。
楽屋での気遣いは我々遥か後輩へも。
野外ロケの時間が押して大変な時も慌てず
「なんとかするから」
この一言で安堵した仲間は多かったと思い出せます。
川津祐介さんにも何度もお世話になりました。
紳士そのもの、裏表のない方でした。
80年代末期、海外で大学も卒業し社会人になった後
日本での居を東京麹町から神奈川藤沢市に移した頃
藤沢に川津祐介さんの店があると知り
居ても立っても居られず訪問。
御本人がお店に立たれていて、
ご挨拶させていただいたところ
よく覚えていてくださって、
帰国時は店に通いました。
今なぜその頃のことを?
人の縁
真剣に接していただいた実感
そして
向き合ったことは
発信され社会が見ている
その重みは
今いちど、感じる価値のあるもの
と
夢が教えてくれたように思います。

抑圧と捏造からの解放
それはわかる
しかし
怨嗟がエネルギー源
それで真の解放だというなら
何も学んでいない
代わりの支配者になりたいのか?
悪いがゴメンだ
ミイラ取りがミイラになるそのもの
未だここに終始してるのでは
未来は明るいなどとは言えない
一番大切な部分を置き去りにはできない
先に行かせてもらいます