本日父が退院し、
その足で老人ホームに入居しました。
おいでくださいましてありがとうございます。
この時期なので、色々なことがこんなにも難しいのかと感じましたので、今までの経緯を書いてみたいと思います。
今まで書きませんでしたが、父は脳梗塞です。
身体に麻痺が残り、車椅子がやっとと言う所ですが、ここまで回復…身体が使えるようにリハビリを頑張ってくれたようです。
入院時のお医者さんの病状説明の時に言われました。
「身体が元の状態に回復すると言うよりは、
装具を使って歩く練習をするとか、
車椅子を使うとか、
違う動き方を覚えていくイメージです」
その時に、もう元の状態には戻らないのかなと覚悟しました。
入院するまで住んでいた家にも、戻れないだろうなと。
玄関まで階段があり、家の中も車椅子が入れるような作りではありません。
母も介護ができる状態ではありません。
退院したら、どこか施設でお世話になる。
これが退院後の目安でした。
なので色々資料を取り寄せたり、見学の申し込みをしたりしましたが、オミクロンが多くなって来た時期でしたので見学不可というところもありました。
そもそも、病院も入院した頃は面会も普通に出来ていましたが、今年に入ってからは面会禁止になり、物品を看護師さんに渡すだけという感じでした。
こんな時期だから仕方ない…と思っていました。
入院から3ヶ月が経ちました。
施設も決まり、退院が決まりました。
その日が近づくにつれ、私は気鬱で気鬱で仕方がありませんでした。
考えられる中で、最善だと思う施設ですし、
やれるだけのことはやったのに…。
自分でも不思議なくらい、落ち込んでいました。
そんな時、父から電話が母あてに来ました。
(病院から自分の携帯で電話は可です)
「家に帰りたい」
父は入院後から何度もそう言っていました。
父は身体が動かないのは分かっていますが、
どうして家に帰れないのかが、
頭の中で繋がらないようです。
だって、家じゃ車椅子が使えないから仕方ない
…と思って色々動いていましたが、ここに来てハッと気付きました。
そうだ、父は家に帰りたい…
ひとりは寂しいんだと。
家に帰りたいという、こんなにシンプルな願いも、叶えてあげられないんだと気付きました。
退院させるために病院に向かう、主人の運転する車の中で泣けてきました。
せっかく退院して、家に帰れると思っている父ですが、家に帰してあげられない事が悲しくて、情けなかったのです。
泣いている私を気遣ってか、主人が東方神起の曲を流してくれました。
流れるといつもライブの時のように歌う
「This is my love」。
もうこの歌詞が今の状況だなあと思えて、さらに涙か出ました。
愛してると言えること
会いたいと思えること
単純なことが全て 眩しく...
会いたいのに会えない。
面会も出来ないので、話も出来ない。
退院したら施設でお世話になるんだよ、
ということすら、父に伝えられないままその日を迎えてしまったのです。
バタバタと退院し、そのまま施設に向かいましたが、介護タクシーに乗った父の方が早く到着しましたので、やはりそのまま会えない、話も出来ないままでした。
今は高齢者施設のクラスターとかの問題があるので、家族であっても、やはり面会も厳しいそうです。
会うことすら、こんなに難しいんだなあ…。
こんなに話もできないのかと思いました。
夕方、父から母に電話があったそうです。
施設に来たことにびっくりしてたけど、今日からそこでお世話になるんだよと言ったら「分かった」と言っていたそうです。
(父から電話があった時は話せるのですが、こちらからの電話にはすぐに出られないようで、繋がらないのです)
病院にいるよりは、家に近い生活が送れるはずなので、少しでも慣れてくれるといいなと思っています。
少しでも、
楽しいとか美味しいと感じてくれるといいな。
世間が落ち着いて、会いたい時に会えるようになるといいな。