日本や世界のゆく先を考えると、私の小さな頭では何も結論がでなくてただ漠然とその可能性に恐怖したりするわけですが、それは指針みたいなものが無いせいだとも思うんですよね。
私自身、「こうなりたい」と目標にしているような人はいません。
まあ何となくの方向性は少しずつ模索中ですが、このまま何もビジョンが見えないまま死んでいくのかもしれません。
雑多で情報過多な時代ですが、子供たちは何を思って生きてるんですかね。
あまりにも世界が煩雑すぎて、逆に物事を深く考えることは少ないのでしょうか。
一応の方向性も何も無いもんね。
何に憧れて、どこを目指せばいいのやら…
私にはそういうのが無いから、だから教師には向いてないと思ったんです。
だから塾講なの。
それ以上のことができるわけも無いし。
人間には3種類いて、
実際に仕事する人と、仕事しない人と、その人たちを監視したり指導する人の割合が1:6:3(あやふや)くらいなんだそうだ。
私には世界を変える力なんて無いから、せめて荷物にならないように、できれば誰かを何かを導くような、そういう存在になりたい。
ただ生を消費するんじゃなくて、消費するだけの日があっても、大きな流れの中では積極的に生きていたい。
そんなささやかなことを胸に抱いて生きてる。
だけど片付け苦手だし、生徒たちにはだらしない先生だって思われてるんだろうなあ。
生き急ぐのはキツイし、理想と現実って確実に存在するわけで。
苦悩です。